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三角関係の末路

呪い代行呪鬼会

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あたしには幼馴染みがいる。ただの幼馴染みじゃない。おむつをしていた頃からの、筋金入りの幼馴染み。 シュウジ、マサアキ、そして私。まともに言葉を話すより前から三人で遊んでいた。 何故一緒にいたのかは、今となっては分からない。家がそこそこ近かったから、近所の公園かなんかに母が遊びに連れて行って、そこで仲良くなったのだろう。 男勝りな私。人を笑わせるのが得意で明るいシュウジ。穏やかで優しいマサアキ。私たちは物心つく前から一緒にいるのが当たり前で、いつも三人一緒だった。性別を越えた友情は、いつまでも続くのだと……私は思っていた。

しかし、友情は崩壊していった。それは私のささやかな恋心が原因だった。 私は幼稚園くらいの頃から、マサアキに淡い恋心を抱いていた。理由は今も分からない。確かにマサアキはとても優しいが、優しい子なら他にいくらでもいた。 幼い私は、ただの優しい子ではなく、マサアキだから恋をしたのだ。
「ナオ、また明日も遊ぼうね。絶対だよ」
そんな言葉一つでも、心が跳ね上がるくらい嬉しかった。 女の子は男の子よりマセてるなんて昔から言われているけど、私も相当マセた女の子だったのだろう。 そういうマセた女の子というものは、大抵幼い内に男の子に恋心を打ち明けて玉砕し、人生初の失恋に傷付くものだ。しかし、私はどうしてもそれが出来なかった。 そうすることによって、私とシュウジとマサアキの関係が崩れることを、子供心に恐れていたからだ。 そんなことを言ってしまったら、二度と「また遊ぼうね」と微笑みかけてもらえなくなる。マサアキと仲良しのシュウジとも遊べなくなる。子供にとって社会とは、家庭と学校と友達だ。その均衡が崩れた時、私の世界は終わってしまう。 恐れた私は、長い年月恋心を隠して仮初めの友情を続けていた。

思春期になっても、私たちの関係は変わらなかった。地元の市立中学に入学し、それぞれに新しい友達が出来たり部活などの人間関係が出来ても、何かと三人で集まっては馬鹿をした。 私はいまだにマサアキに好意を寄せていた。約10年に及ぶ片思い……長すぎる初恋は私の中で当たり前の感情になり、思春期を迎えた複雑な女心は、結ばれたい独占欲と関係を壊したくない臆病さの間で揺れ動いていた。 転機が訪れたのは、中学三年の夏のことだった。私は3組、シュウジとマサアキは5組と教室が分かれていた。 夏休みを目前にした暑い日の昼休み。3組の教室にシュウジとマサアキが訪ねて来た。友達のモモコちゃんと給食後のおしゃべりを楽しんでいた私は、急に訪ねて来た二人に不機嫌気味に言った。
「何さ、二人揃って。また資料集忘れたの?貸さないからね」
「いや、今日は忘れ物を借りに来たんじゃないんだよ」 よく二人は私に忘れ物を借りに来てたからそう言ったのだが、マサアキから返ってきた反応は予想外のものだった。その傍らにいるシュウジも、いつもと違う。苦虫を噛み潰したように俯き加減で口を閉ざしていた。 目を逸らして本題を口にしないマサアキに苛立ち、私は強い口調で言った。
「マサ、言いたいことあんなら言いな。何なのよ」
「……ナオ。今日の放課後、話があるからいつもの公園に来て欲しい。必ず来てくれ」 いつにない真剣な表情に、私の心臓は大きく脈打った。こんなことを、こんな表情でマサアキが言うのは初めてのことだった。 それだけを告げて教室から去っていったマサアキの背中を、私は逆上せたように見つめていた。

すぐそばでは、一部始終を見ていたモモコちゃんがはしゃいだ様子で声を上げている。
「ナオちゃん!もしかして、告白されちゃうんじゃないの?きゃあ!すごい!ナオちゃん、かっこいいもん。マサアキくん、きっとナオちゃんのこと好きなのよ!」
アイドルのような可愛らしい笑顔で、モモコちゃんは一人興奮していた。 マサアキから、告白される……そんなことがあるだろうか。モモコちゃんには「んなわけないでしょ、馬鹿ね」と冷静ぶっていたけど、心の中は穏やかでいられなかった。淡い期待が、だんだんと肥大化し胸いっぱいに広がっていく。 午後の授業は、どれも頭に入らなかった。私の頭の中はマサアキのことだけでいっぱいになっていたのだ。

その日の放課後、私は幼い頃から慣れ親しんだ“いつもの公園”に向かった。滑り台とブランコしかない、狭くて地味な公園だ。でもそこは、私たち三人の大好きな場所だった。 公園の小さなベンチには、マサアキとシュウジが座って私を待っていた。私の姿を見つけたマサアキは、満面の笑みを浮かべて立ち上がった。
「マサ、私に何か話でもあるの?」
緊張を隠すように、私はわざとツンとした態度で問いかけた。 照れたように笑うマサアキ、眉間に皺を寄せたシュウジ……対称的な態度だった。 マサアキは意を決したように私を見つめ、はっきりとした声で言った。
「ナオ。実は俺、三年生になった春からずっとモモコちゃんが好きなんだ。告白したいから、お前に手伝って欲しい」
一瞬、何を言っているのか分からなかった。時間が止まったような気がした。 マサアキが、モモコちゃんのことが好き……ずっと一緒だったわたしではなく、話したこともないモモコちゃんのことが……。 告白されるかもという淡い期待も、10年の片思いも、ガラガラと音を立てて崩れ去り、私の目からは無意識の内に涙がこぼれていた。

私の反応は、マサアキにとって予想外のものだったのだろう。驚きのあまり狼狽していた。 しかし、それまで黙っていたシュウジが突然マサアキの頬に拳を叩き込んだ。殴った勢いで、マサアキの体は地面に投げ出される。 あまりの出来事に、私は声もあげられなかった。目の前のシュウジは、見たこともないくらい怒りに満ちた目をして地面に転がるマサアキを睨み付けていたのだ。
「お前、いい加減にしろよ!ナオはな、お前のことが好きなんだよ!ずっとずっと、ガキの頃からお前だけを見てたんだよ!」
シュウジの言葉に、マサアキは驚いたように目を丸くした。
「ナオが、俺のことを……?」
「そうだよ!俺はずっと気付いてた。俺は、ずっとナオを見てたから知ってたよ!片思いしてる相手に、お前の友達が好きだから告白するの手伝ってくれって言われるのが、どれだけ残酷なことかマサは分からないのかよ!」
その時、私は初めてシュウジの気持ちを知った。 私がマサアキが好きだったのと同じように、シュウジはずっと私に恋をしていたのだ。だからこそ、マサアキが私を傷付けることが許せなかった……。

呆然とするマサアキを怒りに任せて殴り掛かろうとするシュウジ。私はその腕を掴んで叫んだ。
「もうやめて!喧嘩しないで!」
あんなに仲良しだった二人が喧嘩する姿を見たくない。いつも笑顔を絶やさないシュウジの激昂した姿を見るのが辛く、怖かった。 結局私は、マサアキの告白を手伝うことにした。確かに私はマサアキが好きだ。けど、それ以前に私はマサアキの友達……友達の恋路を応援し、協力できるのは私しかいない。 自分の感情を殺して協力する私に、シュウジは複雑な表情で見つめていた。

一週間後、マサアキはモモコちゃんに呆気なくフラれた。マサアキの恋が終わったからと言って、私たち三人の関係が元に戻ることはなかった。 私たちは自然と話すことも無くなり、そのうち挨拶すらしない関係になった。同じ高校に行って弓道部に入りたいね、なんて言ってたこともあったが、その夢は実現しなかった。 マサアキとシュウジは地元の県立高校に、私は市内の私立女子高に進学した。受験生の夏に、私の長い長い片思いは終わった。それはとても中途半端な形で……そのせいだろうか。高校生になっても、私はマサアキへの想いを捨てられずにいたのだった。 幸か不幸か、マサアキたちと私は通学中に会うことも多かった。家が近所なのだから当たり前なのだが、見かける度に私の胸は高鳴った。やっぱり私はマサアキが好きなんだと、成長していく彼を見るたびに思ってしまう。 私は、マサアキが好きだ……マサアキと一緒にいたい……絶対に。

なんとしてでもマサアキに振り向いて欲しかった私は、ついにとんでもないものに手を出してしまう。 呪い……呪術だ。インターネットで検索したら「呪鬼会」という呪術代行を見つけ、そこに依頼をした。 「マサアキと結ばれますように……」と。 自分の恋なのに、自分の力ではなく得体の知れない呪術を頼るなんて馬鹿げていると思うかもしれない。確かにそうだ。けど私は、呪術を頼ってでもマサアキが欲しかった。長い長い片思いは、私を歪め拗らせた……一方通行の恋を、もう終わらせたかった。

依頼をして三ヶ月ほど経った雨の日。登校中に偶然駅前でマサアキとシュウジを見かけた。 思えば依頼をしてからマサアキの姿を見たことはなかった。呪術の効果はあったのか確認するような軽い気持ちで、久しぶりに声をかけてみようと後ろから近付いた。 おはよう。そう声をかけようとした瞬間……ぞわりと冷たいものが身体中を駆け巡った。何かがそこにいるような、不気味な違和感がマサアキの背中に張り付いていた。 これ以上近寄れない……近付けない…… マサアキは私に気付くことなく行ってしまった。

その後も何度もマサアキに声をかけることに挑戦したけど、あの見えない気配に阻まれて挨拶することすら出来なかった。 私はマサアキに何もすることが出来ず、そのまま高校を卒業し東京の大学へと進学した。 月日は流れ、私は成人し大学卒業を目前にしていた。長期休みを利用し、帰省していた時、母の口からマサアキの名前が飛び出して来た。
「あんた、マサアキくんと連絡取ってる?」
「そんなんしてないよ。マサがどうかしたの?」
「あら、じゃああんた知らなかったのね。マサアキくん、結婚したのよ」 言葉を失った。あのマサアキが、結婚したなんて……。 私が大学に進学している間に、マサアキは地元の企業に就職できるし、そこで出会った女性と最近結婚したらしい。もうすぐ子供が生まれるという。 もう私の片思いが実る見込みは無くなった。呪術にまで頼ったというのに、何も変わらない……それどころか、私はマサアキへの想いを引き摺ったまま大人になってしまった。 これから私はどうしたら良いのだろうと絶望感に苛まれていた時、シュウジと偶然近所で出会った。

隣県の大学に行ったシュウジも実家に帰ってきていたらしい。
「遅い成人祝いに飲みに行かないか?」
そう誘われて、私とシュウジは駅前の居酒屋に行った。 シュウジは変わっていなかった。昔と同じように冗談を言って私を笑わせ、明るい笑顔が眩しかった。マサアキが結婚したことでショックを受けていた私は、酒の力でそれを打ち明け、シュウジは優しく私を慰めてくれた。
「辛いよね、ナオ。でも俺は嬉しいんだ。またナオが俺と話して笑顔になってくれて。俺はずっと、ナオを待っていたから。俺のところに来てくれるのを……」
そう言って、シュウジは私の手を握った。笑顔を浮かべているように見えるのに、よく見ると彼の目は笑っていなかった。
「俺さ、あるところにお願いしてたんだよ。“ナオとマサアキを引き離してください、俺のものにしてください”って……呪術って、願えば効くもんなんだな」

身体中が強張り、悪寒が走った。シュウジは私と一緒だ。呪術に頼り、片思いを叶えようとした……唯一違うところは、私は叶わず、シュウジは叶ったというところ。 私の片思いを犠牲にして……。 呪術には効果があったのだろう。私はシュウジのものになった。 マサアキへの想いを、引き摺ったまま……

※この作品はフィクションです。実在の人物・団体・事件とは一切関係がありません。

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