偽物の呪い
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日本各地には様々な呪いが存在する。 例えば、とある都心には不自然に伐採されていない呪いの木や、高速道路に存在する呪いの洞窟やとある山岳地帯にあると言われる呪いの岩。 呪いの人形など両手の指では数えきれない程存在しているだろう。
この呪いに溢れた日本という国で、私は呪い代行業者という仕事をしている。 呪い代行業者とは依頼者の代わりに呪いを掛ける儀式、または縁結びのおまじないなどを行うオカルトのスペシャリストの一角である。 呪い代行業者と言っても私は本物の呪いを掛ける事は出来ない。 つまり、嘘っぱちなのだ。 もちろん、世の中には本物と呼ばれる方々が多く存在しているが、その中には私のような偽物も存在しているのだ。 今日は、そんな偽物の私が本物の呪いに遭遇してしまった時の話をしたいと思う。
私はインターネットのサイトを通じて、呪い代行や恋愛成就、時には解呪や呪いに対する相談など呪いに関する依頼を請け負っている。 呪いに関する便利屋のようなものだが、当然私は呪いなど信じていない。 そもそも呪い代行業者など呪いと密接に関わる仕事を呪いを信じる者が出来るはず無い。 私にとって呪いとはビジネス以外の何でも無かった。 そんな私の元へとある依頼が来た。 依頼の内容は呪いのアイテムについて相談に乗って欲しいとの事。 私は車を走らせて依頼者に指定された住所へ向かう。 依頼者との待ち合わせ場所は、百平方メートル程の大きめな公園だった。
呪い代行業者などという怪しい人間との待ち合わせ場所に自宅など滅多に無く、九分九厘が公園や喫茶店などだ。 今回もそのケースに漏れなかった訳だが、今回はいつもの依頼とは異なる事が起こった。 それは、待ち合わせ場所に来た依頼者がまだ年端もいかない高校生だったという点。
「あの、呪い代行業者さんでしょうか?」 「ええ、私は呪い代行業者の高井(たかい)と申します」
「本日は来て下さってありがとうございます!私は横溝桜(よこみぞさくら)って言います!」
私に声を掛けて来た少女は近所の高校の制服を着ていた。 稀に学生が遊び半分で依頼してくるケースがある。今回はそのパターンだろう。 金銭的に余裕が無い学生の悪ふざけは当然報酬など期待出来ない。 内心で大きなため息をついた私は、渋々といった様子で本題へ入る。
「はい。本日は呪いについての相談との事でしたが」
「きっと、プロの方に見てもらったら分かると思って高井さんをお呼びしました。これを見てください」
そう言って横溝さんがスクールバッグから取り出したのは、古ぼけたトンカチとお粗末な藁人形だった。 如何にもなオカルトグッズに私は顔と引きつらせてしまった。
「どうでしょうか?高井さんなら、これから何か感じますか?」 こんなもんパチモンだと一蹴してしまいたいが、今はビジネスの時間だ。
「ええ、こんな恐ろしい物をどこで手に入れたんですか?」
「やっぱり……実はこれ、京都に修学旅行に行った時に路面店で買った物なんですけど、この藁人形をトンカチで叩きながら呪いたい相手の名前と死因を言うと、その内容が現実になるんです」
「その口ぶり、まさか誰かを呪ったのですか?」
「はい……。ずっと私の事を虐めていたクラスメイトの女の子を呪いました。交通事故に遭って死んじゃえって……」
「まさか……」
横溝さんは両手で目を覆いながらコクリと頷いた。 どうやら、横溝さんがそのクラスメイトを呪った後に偶然にも、横溝さんの願いを叶えるような形でクラスメイトが亡くなったらしい。 そう、まったくの偶然が重なってしまったが為に彼女はこの藁人形が本物の呪いのアイテムだと信じてしまったのだろう。
「まさか、私に呪いが返ってきたりしませんよね?」 自分が掛けた呪いが成就した事によって、その代償が来ないか心配する横溝さんは恐怖に歪みきった顔で尋ねる。 そんな彼女へ正しい答えを知らない私は気休めを言う事しか出来なかった。
「安心してください。呪いが返って来るのは、呪いが成就しなかった時だけですから横溝さんへ呪いが返って来る事はありませんよ」
「本当ですか!?良かった~」 大袈裟にその場で崩れ落ちる彼女に私は少し罪悪感を覚えた。
「念のために、その呪いのアイテムは私が預かっておきましょう」
「良いんですか!?ありがとうございます!」
私に呪いの藁人形とトンカチを渡すと、彼女は帰っていった。 帰り際に報酬を支払わなくても良いかと聞かれたが、流石に高校生から大金を受け取る訳にはいかないのと、適当な気休めを口にした罪悪感から私は受け取りを拒否した。 そして、私の手元には報酬代わりと言わんばかりに呪いのアイテムだけが残った。 帰りの道中に適当な場所で捨てても良かったが、私はこの呪いのアイテムを使ってみようと思った。
正直、呪いの依頼が来ても実際に呪いを掛けられない私では詐欺と言われても仕方がない。というか、現に詐欺なのだ。 当然そんな相手にリピーターが出来るわけも無く、必然的に私の元へと来る依頼はサイトを開設した時よりも減少している。 まさに藁にもすがりたい気持ちだ。
横溝さんから、呪いの藁人形を譲り受けてから一ヶ月という月日が経過した。 一ヶ月の間待ちに待って、遂に私の元へ呪いの依頼が来たのだ。 車を走らせ、私は依頼者の指定する喫茶店へ向かった。 依頼者は三十代半ばの女性。婚約者が浮気をしているので二度と浮気しないよう制裁を加えてほしいとの事だった。 具体的な呪いの内容の希望としては、もう二度と浮気が出来ないように外出出来ない体にして欲しいとの事。 私は依頼者の女性から前金を受け取ると、その日は解散して一ヶ月程度様子を見るよう伝えた。 事務所へ戻ると、私は早速机の中から藁人形とトンカチを取り出して、依頼者から聞いた呪いたい相手のフルネームを唱えながら、足が骨折するよう呟く。
「よし、これぐらいで良いだろう」 名前と呪いの内容を十回程度唱えた後、私は軽いトンカチを十回程度振り下ろしただけにも関わらず、まるで大きな仕事を成し遂げた後のようにソファーで眠りについた。
浮気相手を外出出来ないようにする呪いを受けた一週間後、事務所の電話機がけたたましく鳴った。
「はい。こちら高井呪い相談所です」
「あの、一週間前に呪いをお願いした葛西と申します」 葛西という女性は、彼氏に浮気されて私に呪いを依頼した女性だ。 まさか、彼氏に変化が無く進捗を確認しに連絡して来たのだろうか。
「お世話になっております。まだ呪いの効果が出てないかもしれないですが……」
「その事なんですが、実は昨日彼が職場で事故にあったみたいで両足を骨折したんです!」
食い気味にそう言う葛西さんは、興奮しきった様子で口々に私を褒めちぎった後に成功報酬に少し色を付けて振り込みますとだけ告げて通話を終えてしまった。 一体、何が起こったのか整理が付かない。 まさか、あの呪いのアイテムは本物だったのだろうか……。 にわかに信じ難い出来事を前にした私は、今度の依頼にもあの呪いの藁人形を使ってみようと決心する。
次の依頼は、そんなに期間を空けずに来た。 今回の依頼者は四十代の男性で、パワハラ上司を会社から追い出して欲しいとの依頼だった。 私は前回と同じように前金を預かるとその日は解散として、事務所へ帰った後に藁人形を叩きながら呪いを掛ける相手の名前とリストラされるよう呟く。 すると、また一週間程経った後に事務所の電話機が鳴る。
「本当に凄いな!!あのパワハラ上司が顔を真っ青にして会社から出て行ったよ!今日はとても気分が良い!あんたの実力は本物だって知り合いに伝えとくよ!」
「ありがとうございます。またのご利用をお待ちしております」
次の依頼はとある大物政治家の秘書を務める男からだった。 依頼の内容は勢力争いの邪魔になる男を排除して欲しいとの事だった。 こんな胡散臭い呪い相談事務所に依頼するなんて、正気を疑ったが名前の大きい人物だからこそ、私のようなまだ知名度の低い業者を使うのだろう。 万が一失敗したとしても外部に漏れる事は無いのだから。 私は今までの依頼と同じように、呪いを掛ける相手の名前と不正がバレて失脚するよう呟きながら藁人形をトンカチで叩いた。
一週間程度経った頃、再び事務所の電話が鳴る。 呪いが成功した事は朝のニュースを見て、私も知っていたので電話口の相手が誰だか考えるまでも無かった。 依頼者は大変喜んでいるそうで、破格の報酬を振り込むそうだ。 その後も、ぽつり、ぽつりと来る依頼を私は呪いの藁人形をトンカチで叩くだけで達成していた。 評判が客を呼び、客が良い評判を流してくれる。
まさに良い循環へと入った高井呪い相談所の名前がテレビなどのマスメディアへと広がるまで、あまり時間は掛からなかった。
「高井様。本日は独占取材へご協力頂き誠にありがとうございます」
「いえいえ、私なんかの記事を書いて頂けるのはとても光栄です」
「謙遜されてますね。今全国で最も注目を集めているのは高井様の呪いですよ。なんでも高井様に依頼すればどんな相手も呪い殺せるとか」
「いえいえ、呪殺は私の専門外ですよ。あくまで私は呪いを掛けるだけで、命までは奪わない事は絶対不変のルールにしてます」
「なるほど。ズバリ、高井様がどのように呪いを掛けているのか教えて頂けませんか?」
「すみません。それは企業秘密ってやつです。ただ一つ言える事は、だれかに呪いを掛けるのはそんなに難しくないって事ですね」
「流石呪いのプロフェッショナルです!私も今度依頼させて頂きますね!」
その後も日常生活やこの業界に入る前の事を幾つか質問されて、私へのインタビューは終わった。 呪い代行業者を始めたばかりの時はまさか、こんなに成功するとは思いもしなかったが、人生何が起こるか分からない。 今私が噛みしめている成功は、間違いなく横溝という女子高生のおかげだろう。 彼女に藁人形を譲り受けていなかったら、私は人知れず呪い代行業者の看板を畳んでいたに違いない。 不意に私はまた横溝さんへお礼を言う為に会いに行く事にした。
しかし、赤の他人の私が彼女を訪ねて彼女の通う高校へ訪れても門前払いをされるのは目に見えている。 どうしたものかと考えていると、私は彼女が私へ呪いの相談をする際にクラスメイトを呪殺していると話していた事を思い出した。 もしかしたら、あの日に近い日付の新聞に彼女の事件について載っているかもしれない。 彼女に接触するヒントを得るために私は図書館へと向かい、過去の新聞を隅々まで読みふけった。 すると、私が彼女と会った数日後の新聞で彼女の通う高校の女子生徒が交通事故に遭って亡くなったという記事を目にした。
そう、彼女と出会った数日後の記事なのだ。 念のため数日日付を遡ると、きっと横溝さんが呪殺したであろう別の交通事故の記事も出て来た。 嫌な予感が背筋を走った。 横溝さんの通う高校で起こった二度の交通事故。 一件目の被害者は東条志乃(とうじょうしの)きっと横溝さんを虐めていたという女子生徒だろう。 そして、二件目の被害者の名前は横溝桜。 偶然にしては、時期や死因があまりに出来過ぎている。 まさか、本当に呪いが存在するというのか。 いや、私はもう呪いの存在は信じている。信じざるを得ない程の人間を呪ってきたのだ。 では、横溝さんが何故亡くなったのか……。
一つの仮説を立てるなら、彼女自身が口にしていた「呪いが返って来る」という現象が起きたという事。 しかし、では何故私は現にこうして生きているのだろうか? 私は彼女と違い呪殺はしていないが、無傷というのはあまりに不自然だ。 つまり、呪いが返って来るのは条件があるという事。 意図せず私がその条件を満たしてしまった時、その瞬間を想像すると夜も眠れない。
それから、私はしばらく呪い稼業を休む事にした。 理由としては一身上の都合だが、本音は呪いが私に帰って来るのが怖かったからだ。 呪いを知ってしまったが故に呪いが怖くて仕方が無い。 どんな不幸が私を襲うか分からないため、おちおちと外出も出来ない。 事務所に引きこもるようになってから、二週間という月日が流れた時。
「一体、どうしてここに……?」 デスクの中に閉まっていたはずの藁人形が、デスクの上に乗っていた。 まるで、また誰かを呪えと言わんばかりに。 あまりに気味の悪い光景に私は怖くなって、外出した。 これ以上事務所の中に居ては気が滅入ってしまう。それに今更ではあるが、呪いの藁人形と同じ空間に居る事は安全とは言えないだろう。 刹那、けたたましいクラクションの音と共に猛スピードでトラックが私の居る歩道へ――。 たしか、あの藁人形を使って最初に掛けた呪いは両足の骨折だった。 そんな考えが脳裏を過った私を大型トラックは無残に跳ね飛ばし…………。
※この作品はフィクションです。実在の人物・団体・事件とは一切関係がありません。