呪いの代償
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私と京子(きょうこ)、清未(きよみ)の三名は、みな、人を呪ってみたいという強い興味を覚えていた。それぞれ、学校で色々な事があった為に、みなその憤りを復讐したい相手に対して、呪われろ、という感情で満たされていた。私達三名は、他人に対して呪いたい、といいう感情で動いている為に、意気投合したのだと思う。私は中学校の時に酷いイジメを受け、京子は彼氏に酷い裏切られ方をした。そんな風に、私達は何処か暗い過去を持っていた。だから、自然と波長があって“他人に復讐したい”という感情の共有をしたくて、グループが出来たのだと思う。
ネットで「人を呪いたい」「復讐したい」といった単語を検索すると、いくつかの呪い代行のサイトが出てきた。私達三名はそれらを見ながら、少しうさん臭さを覚えていた。最近の呪い業者はLINEで繋がったり出来るのか。 なんとなく、怪しいサイトが多いなあ、と検索している中、妙に惹かれるサイトが見つかった。 『呪い代行 日本呪術研究呪鬼会』 呪術師の名前は「闇口零花と言うらしい。 代々、特殊な家系に生まれており、ヨーロッパや東南アジアのしかるべき場所に行って呪術、黒魔術の修行をしてきたと、経歴には掛かれていた。 サイト内には不気味な藁人形や悪魔の絵などはなく、青黒い背景にシンプルなデザインだったのだが、私達は何処か強く惹かれた。一枚だけ写真が控え目なサイズで載っており、不気味な魔法陣が描かれていた。 電話番号が載っていた。
京子が電話をしてみる、と言った。
「すみません。呪い代行業者の『日本呪術研究呪鬼会』さんですか?」 京子は訊ねる。 スマホをスピーカー機能にして、他の二人にも聴こえるようにした。 しばらくして、ゆっくりと声が聞こえる。 妙齢の女性の声だった。
<そう。私は呪鬼会の呪術師だけど。貴方達、女子高生?一人は彼氏を寝取られた。もう一人は、酷いイジメを受けた。もう一人は…………、これは言わない方がいいわね?>
私達三名は絶句していた。 京子以外は無言で三名いると言い当てられた挙句、更に私達の呪いを行いたい理由まで当てられたからだ。
「もし、本当に呪いたいのなら、話を聞いてあげましょう。学校は××高校でしょう?女子高みたいだね?その女子高の最寄駅から五つ離れた駅の近くに、私の店はあるわ、どうせなら、今日にでも来ない?」 そう言われて、電話は途切れた。 私達三名のスマホのメールに、地図の添付された何者かからのメールが送り付けられてきた。私達はとてつもなく不気味に思いながらも“これは本物だろう”と確信したのだった。 そして、私達は放課後に駅を乗り継いで、地図の場所へと向かった。
閑散としている住宅街で、定食屋や駄菓子屋などが並んでいた。 本当にこんな場所で商売をしているのだろうか? 私は不思議に思った。 よく占い師さんなんかは、人通りが多い場所に占いの店を構えている。その方が客足が多いのだと聞く。けれども、こんな何も無い場所にあるなんて、半ば信じられなかった。 しばらくして、地図の場所に辿り着く。 そこは、真っ赤な鳥居のような入り口の場所だった。 看板には『占いの館』と描かれている。 私達は首を傾げながらも、店の中へと入った。 中は真っ暗だった。 辺りには占い道具が置かれている。 カウンター席のような場所に、一人の女性が座っていた。 いかにもなオカルト的な服装ではなく、清潔感を感じる服だった。ただ、紫っぽい真っ黒なドレスを着ていた。
「本当は占い師をされているんですか?呪いは行ってくれないんですか? 女性は首を横に振る。
「いやいや、本業は占い師よ。呪い代行はあくまで、人助けとして行っている。でも、力は確かなもの。それは先ほど、電話を取った貴方達が一番、分かるでしょう?」 私達三名は頷く。
「私の名前は闇口零花(やみぐちれいか)。これから、貴方達の相談に乘ってあげるわ 。」そう言うと、闇口さんと名乗った方は、私達三名に名刺を渡し、椅子に座るように言った。
「ところで、一人ずつ、面談するのがいいかしら?それとも三人まとめて面談するのがいいかしら? 」
「私は三人まとめてがいいかなあぁ。ほら、みんなの悩みとか聞きたいし……」 そう言ったのは京子だった。 京子は彼氏に理不尽に振られた事を強く恨んでいた。 ただ、私と清未は首を横に振る。 「出来れば、個別で面談していただけませんか?」
私はイジメられた体験を周りの二人に話したくなかった。特に京子は無神経な処があるので、京子には聞かれたくなかった。そして、多数決という事で、私達は闇口さんから、個別に面談を受ける事になった。 最初に別室に入っていったのは、京子だった。 たっぷり、三十分近く経過した後、京子は出ていった。
「あたしの彼氏。すぐに戻ってくるんだってさ」 そう言って、彼女はピースサインをした。
次に、私が呼ばれた。 私は緊張しながら椅子を立ち、そして別室に入る前にトイレを借りた。その後、私は改めて、闇口さんの待つ別室の中へと入る。 別室の中はよくオカルトや呪術関係、占い関係の本やTV番組で見かける、水晶玉や手相の道具、四柱推命の道具、ホロスコープの為の道具、その他、私が知らない奇妙な道具が並んでいた。 闇口さんは、私の眼を見つめながら、まるで私をおだてるような口調で言った。
「さあぁ。どんどん、私に言っていいのよ。貴方がどのようなイジメ行為を受けたのかを」 彼女の瞳はとても優しかった。 私はなんだか子守唄でも聞かされているような気分になる。
「はい。…………、ありがとうございます…… 」私は同級生から受けたイジメの事を話す。 それは高校に入る前の中学校での事件だった。 私はいじめグループから眼を付けられていた。 少ない小遣いを恐喝され、私の恥ずかしい画像を学校裏サイトや裏のLINEグループに晒された。それから、私は中学を卒業するまで、いじめグループの女達の標的にされた。私の辱められた画像は、今でも、インターネットの何処かに載っているのだと聞く。それから、何度か不登校になりながらも、私が学校を卒業する事が出来た。
私は中学校時代に住んでいた場所から遠く離れた高校に進学する事になった。 気付けば、私は悔しくて涙を流していた。 闇口さんは、強く私の腕を握り締めた。
「よしよし、よく口に出してくれたわね。最後に、もう一人の子の相談に乘るわ。貴方はしばらくの間、控室で待っていなさいね。」 闇口さんの声は何処までもおだやかで、私の心に安らぎを与えてくれた。 闇口さんは、まるで心理カウンセラーのような雰囲気の人だった。 私は控室の席に付く。
最後に、清未が別室へと呼ばれて入っていった。 そういえば、清未は、私と京子と違って“他人に復讐したい理由”を、口にしなかった。ただ、彼女は私と京子と同じ人種なんだろう、と本能的に分かっていて、グループのメンバーの中に入っていた。
「そう言えば、清未は誰に復讐したいの? 」京子は私の思っていた事を口にした。 「…………、お父さんの事…… 。」それだけ言うと、清未は別室の中へと入っていった。 それから三十分くらい経過した。 清未は安らかな顔で別室から出てきた。 まるで、全てから解放されたかのようだった。
「闇口さんが言っていたよ。恵子と京子にも伝えておいて、だって。一週間以内には何とかなるから、って。」 そう言う、清未の顔は満面の笑みを浮かべていた。 それから、私達三名はそれぞれ帰路へと辿り着いた。 呪い代行の料金は一人五万円だった。 安いのか高額なのか分からないが、私の中では胸のつかえのようなものが取れたので、カウンセリング料だと思えば、案外、安いんじゃないかと思った。その頃には、私は相手に復讐したい、という強い気持ちが薄れていた。
……お人好しなのかもしれないが、私は、単純な人間だった。今は中学校の頃、私をイジメていたクラスメイトはいない。会う事も無い。それに今は友人に京子も清未もいる。その事実だけで私は救われている。 その夜、私は京子とLINEのやり取りをしていた。 京子の方は、少し不満そうな事を言っていた。
<私達、やっぱり、騙されたんじゃないかな?> 私はLINEを返す。
<でも、私は心に抱えていたものが取れたよ。多分、闇口先生は一流のカウンセラーなんだよ>
<え、でも、なんだかなあ。私はマサトとマサトを寝取った女に存分に復讐したかったんだけどなあ>
<取り合えず、一週間待とう>
<そうね。一週間、待とうか> そして、その夜のLINEは終わった。
二日後の事だった。 私の中学時代の元同級生が交通事故にあった事を聞いた。 いじめの主要グループのメンバー四名だ。 大雨の日で、彼女達はダンプカーが転倒して、まとめてダンプカーの下敷きになったのだと聞いた。三人が重体で一人が死亡したのだと聞く。死亡したのは、私をいじめていたグループのリーダー格の女子生徒だった。 その話を両親から耳にして、私はなんだか怖くなった。 闇口さんがおこなったのだろう……。 それから、二日が経過した。 夜だった。京子からLINEのメッセージが届いた。 なんでも、京子の元カレであるマサトを寝取ったユリカという女が、別の男に刺されたらしい。浮気性で複数の男性と付き合っていたとの事だ。そして、マサトは京子に詫びを入れにきて、もう一度、付き合い直そうと言ってきたらしい。京子はマサトを引っ叩いて、京子の心を傷付けた慰謝料として十万円を出したら付き合い直すと言ってやったらしい。マサトは来週までに十万円をかき集めてくるそうだ。
私は自分の部屋のベッドの上で、ぼんやりと天井を眺めながら、頭の中を整理していた。そういえば、清未はどうなったのだろうか? そもそも、清未は誰を恨んでいたのだろうか? 彼女は、ぼそりと、お父さん、と言っていたのだが…………。 五日目に学校に行くと、清未は学校に来ていなかった。 私と京子がLINEでメールを送っても返事は来ない。既読もされていない。 五日目から六日目に移る午前0時頃、ある家で大きな火災があったのだと聞かされた。両親は言っていた。どうも、私のクラスメイトの家で火災があったのだと……。 家が炎に包まれたのは、清未の家だという事はすぐに分かった。 一週間以内に、呪いの効果は現れたのだ……。
ただ……。 清未からの連絡は無い。 それと。 私と京子はLINEでやり取りをしていた。 闇口さんは言っていた…………。 人を呪うには、代償が必要なのだと…………。 それは呪った人間にも、呪いの一部、あるいは同等の呪いは降りかかってくるのだと。闇口さんは笑顔でそう告げた。私達は何処か呪いなんてものは気休め程度にしか信じておらず、闇口さんの言葉巧みな話術に魅了されていた為に、そもそもカウンセリングの一環なのだと思い込んでいた。……けれども、事件は起きた。私にも京子にも、そして、間違いなく清未にも……。
京子から電話が掛かってきた。 <なんかさ。マサトの奴が今から会いたいんだって。こんな夜遅くなのにね、十万円は持ってきたのか、って話よね。まったくさあ> そう言って、京子はスマホの電話を切らずに、スピーカーをオンにしたまま、玄関へと向かっていたみたいだった。 京子の叫び声が聞こえてくる。 ドアチェーンが切られた、と聞こえた。 京子の両親は寝ているらしく、京子は一階に部屋があり、京子の両親は二階に部屋があるらしかった。京子が止めて、と大声で叫んでいた。京子の元カレであるマサトらしき人物の喚き声が聞こえる。京子が何か刃物のようなもので切り付けられている音が聞こえた。
私はたまらなくなって、パジャマ姿のまま、京子を助けに彼女の家まで行こうとした。私のパジャマは暗めの服だ。夜だと私の姿が見えにくい。 私は気が付けば、道路にいた。 トラックが私目掛けて走ってくる。トラックの明かりが目の前にあった。急ブレーキの音が鳴り響く…………。 清未の家は全焼し、清未は実の父親もろとも焼け死んだ事を、私は私の両親から知らされた。なんでも、清未は幼い頃から父親から酷い虐待にあっていた事が後から発覚したらしい。それから、京子は顔がズタズタに切り裂かれていたそうだ。整形手術が必要になるらしいが、どれだけあの美しい顔を取り戻せるか分からないそうだ。
そして、私はと言えば…………。 私は病院のベッドの上にいる。 左腕には点滴の管が刺さっている。 事故で脊髄を損傷してしまった為に、首から下は動かない。 私をイジメていた者達は、全員、重体の人間も事切れて、あの世に行ってしまった為に、私は命があるだけでも、幸運だったのかもしれない……。
呪いは、呪った人間の下へと返る。 闇口さんはそう言っていた。 私は毎日、TVを見ながら過ごしている……。 そして、こんな人生が後、何十年も続くのかと思うと……深い絶望の底へと沈んでいった。
※この作品はフィクションです。実在の人物・団体・事件とは一切関係がありません。