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呪いの書

呪い代行呪鬼会

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私は人を呪う仕事で生計を立てている。俗に呪い代行業者、日本呪術研究呪鬼会の一員だ。 呪い代行業者というのは誰かに依頼を受けて呪いを掛ける仕事だが、呪い代行業者の中には呪いの効果が出ないインチキ紛いの者も居れば、呪いも使えないのに呪い代行業者を名乗る詐欺に近い手法で金銭を得ている者も居る。 一般的な人から見れば『胡散臭い』の域を出ない世界である。 しかし、日本呪術研究呪鬼会にも様々な呪術師がいるが、特に私の呪いには秘密がある。 そのあまりの効果から噂が噂を呼び、私の呪い代行の予約は一年以上先まで予約でいっぱいなのだ。

何故、私が呪い代行呪鬼会の呪術師になったのか。 そもそも何故私が人に本物の呪いを掛けられるようになったのか、そこから語らなければならない。 私がどのように呪いを掛けているのか、その答えは一冊の本だ。 『呪いの書』と呼んでいるその本と出会ったのは私がまだ小学生の時、祖父の家にある蔵で宝探しごっこをしていた時だった。 当時、小学生だった私は表紙に書いてある文字も読めない小難しそうなその埃を被ったその本が気になって仕方なかった。 私は蔵から盗み出したその本をまるで何かに取り憑かれていたように、自室まで持ち帰った。 やがて小学校から中学、高校と上がり難しい漢字も読めるようになった頃、祖父の蔵から盗み出した本は呪いについて書かれた物だと判明した。 掛けたい呪いの種類や呪いを行う手段や必要な物や行うべき時間場所など、かなり詳細に書かれているこの本が私はなんだか気味が悪い物に思えてきた。 私はその呪いについて書かれている本を呪いの書と呼ぶ事にした。

高校生の時の私は家族や友人にも恵まれていて、特に不満も無く誰かを呪いたいとは思わなかったが、この本に書かれている呪いの効力が本物かどうか知りたいという知的好奇心の果てに一人の人間に呪いを掛ける事にした。 呪いを掛ける対象は、当時担任をしていた男性教師。 呪いを掛ける理由は、担任が担当していた社会の授業が自習になればいいなという程度の私利私欲な動機だった。 担任教師に掛けた呪いは断続的な腹痛に襲われるというものだった。 呪いの書に書かれている時間に、近所の裏山に行き担任教師の名前を書いた木札を虫の死骸など様々な指定された物と一緒に燃やした。 これだけで本当に呪いが掛けられるのか、私は半信半疑だったが答えは翌朝すぐに出た。 なんと、担任教師が腹痛で学校を休んだのだ。 担任教師の代理としてホームルームを行った教師は、何らかの感染症の可能性もあるので体調の優れない者はすぐ名乗り出るようにと言い残して教室を出ていった。 晴れて社会の授業は自習になった訳だが、私の心中はそれどころではなかった。 呪いの書の力が証明された瞬間なのだ、当時の私は自分が神にでもなったかのような興奮を隠しきれなかった。

しかし、私は決して呪いを乱用しなかった。 何故なら、誰かを呪わなければいけない程に不満を感じていなかったという理由もあるが、一番大きな理由は私が呪いを掛けられる事を誰にも悟られたくなかったからだ。 それは家族や友人も例外ではなく、私は呪いについて一切他言しなかった。 何かの小説で読んだが、大きな力には代償が付くものだという。 必要無いものに代償を払うなどバカバカしい。 だが、私は決して『呪いの書』を手放さなかった。 呪いについて実践と研鑽を積み重ね、学生のうちは誰かを恨まなかったとしても大人になればそれなりに理不尽な目に遭い、誰かを呪いたくなるんだろうと漠然と予想をしていたからだ。 そうして大人になった私は、誰かに呪いを掛ける事は無かった。

サラリーマンとして働き始めてからも、学生の時と変わらず私は誰かを恨む事が無かったのだ。 当然人並みに嫌な事や理不尽な事も経験してきたつもりだが、いつでも呪いを掛けられるという事自体が心の余裕となっているのかもしれない。 平凡な人生の中に『呪いの書』という非凡を抱えている事も良い刺激になっていた。 きっと、私の周囲に居る人間は私が普通の人間だと思っているだろう。 その予想を裏切っているような快感を常に感じていた私は、誰よりも平凡を演じる努力をした。 変人が歪な物を所持しているよりも、一般人が異質を孕む事に意味があるのだという独自の美学があった。 心に余裕があり、感情を表に出さなかった私は堅実に職務に取り組むことによって順調に役職を登って行った。

時に女性から言い寄られる事もあり、自らが結婚適齢期に入った頃に私は適当な女性と結婚した。 子供は居なかったが世帯を持ち、仕事に励みつつも時には酒などで羽目を外す平凡を演じる中で『呪いの書』を追求していく非日常。 そんな平凡と非凡のバランスが取れた生活に私は満足していた。 しかし、そんなバランスの取れた生活を壊す出来事が起きた。 私の妻が浮気をしたのだ。 正直適当に選んだ女だ。女自体に執着など一切無かった。 だが、浮気というイレギュラーが平凡な私の生活を蝕んだ。 浮気される前は表面的な生活で平凡を装えていたにも関わらず、浮気をされてしまうと私は平凡な人間とは言い難い存在になってしまった。 非凡な人間が呪いを掛けられるなど、何の面白みも無い。

私は私が客観的に見て面白い存在でありたいのだ。 妻と離婚した後に、私は会社を辞めた。 妻や会社に不満など無かった私が何故両方手放したのか、それは一度リセットをしたかったからに他ならない。 一度全てを無くした私の手元に残ったのは『呪いの書』だけだった。 仕事を辞めた事によって、時間を持て余してしまった私は呪いの書以外の呪いを調べる事にした。 図書館に行き、書物やインターネットなどありとあらゆる手段を用いて調べていくうちに私は誰かを恨んでなどいないが、好奇心的欲求から呪いを掛けたくてたまらない衝動に駆られた。 せっかく呪いを掛けるのであれば、強力な呪いを掛けたい。 効力の弱い呪いならまだしも、何の関係も無い人に対して強力な呪いを掛ける事は躊躇った。

その時に同じく強大な呪いを手にし、あまつさえそれを用いて他者へ呪いをかける生業をしている団体があることを知った。それが日本呪術研究呪鬼会だった。 私はすぐに日本呪術研究呪鬼会に連絡をとった。不思議なことに私が経験したこと、手にしている『呪いの書』などについて、さも日常の事のように受け入れられた。不思議なことに私よりも私の『呪いの書』について詳しいくらいだった。 そうして、私は、呪いを私利私欲のため悪用しないこと、それを誓うことを条件に日本呪術研究呪鬼会の一員として迎え入れられることとなった。

呪鬼会には様々な境遇から呪術師になったものも多いと聞く。私などはまだまだ下の呪術師、これから切磋琢磨していかなければならない、呪い代行の依頼を任されるその日を今か今かと待っていた。 始めて呪鬼会から呪い代行の依頼を任されたその日の事は今でも忘れられない。 呪う相手の名前など呪いを掛けるにあたって必要な項目を呪鬼会の上層部からの指令を基に私は呪いを掛けた。 数日後には決まって依頼者から感謝の知らせが来る。 私は私の呪いが本物だと実感出来た。 こうして私の呪いは本物の効果を持つと噂が噂を呼び、瞬く間に私は呪い代行呪鬼会でも五本の指に入るほど有名になった。

依頼を受けて呪いを掛ける日々は、まさに天職だと思える時間だった。 全て、『呪いの書』のおかげである事は言うまでも無かった。 呪鬼会の一員として依頼をこなしていく日々の中で、私は呪いについてかなり自信が付いていた。 自信と言うよりも慢心に近いだろう。 私に掛けられない呪いは無い。必ず成功しているのは知名度が証明している。

しかし、現在私はとある依頼に悩まされていた。 依頼者の女性は職場の同僚である男性と二年前に結婚した。 しかし、旦那となったその男は不貞行為を繰り返し行った挙句に依頼者である女性を振る形で離婚を切り出して来たらしく、依頼内容は旦那と関係を持った女性全員に対して呪いを掛けてほしいとの事。 私は呪いを掛ける対象の名前が分からなくても、とある人物を軸にしてその人物と関係のある人間に呪いも掛ける事は可能だ。 だが、今回は旦那と関係を持った女性全員を対象としてしまうと妻である依頼者にも呪いが掛かってしまう。 旦那の浮気相手の個人情報を全て調べ上げようにも、旦那は決して口を割らないだろう。 依頼者である女性にその旨を伝えたところ、私の悪評を広めると脅して来た次第なのだ。

一つ一つの依頼を積み重ねて築き上げて来た現状を理不尽に脅かされてしまった私は困りあぐねていた。 今まで人が誰かに悪意を向けているのは何度も目にしてきた私だが、私に悪意を向けられた事は初めてなのでどう対処していいのか分からない。 解決策でパッと思い浮かんだのは三つ。
一つ目、探偵を雇い呪いの対象者の個人情報を赤字覚悟で収集する。
二つ目、風評被害対策として依頼者に金一封を渡し穏便な解決を図る。
三つ目、依頼者の口を呪術的方法で塞ぐ。

以上の方法を書き並べた紙を眺めていると、呪いで解決する三つ目の方法が一番私らしいと感じた。 呪いを自分自身が恨む相手に使う事が初めてで、今まで行ってきた呪いとは比にならない程に強力な呪いを掛けてみようと考えた。 『呪いの書』に書いてある呪いの中で、唯一私が今まで練習でさえ行わなかった呪いがある。 それは、呪いを掛けた相手を死に至らしめる呪い。 死に至らしめる呪いは何種類かあるが、私はその全てを今まで行わなかった。 何故なら、人の命を奪う覚悟が無かったからだ。 依頼で死を望むものもあったが、呪殺は事前に断っていた。 しかし、今回の相手は呪殺しなければ私の職を奪われかねない。 つまり私は今から私利私欲のために人を殺す。 人間と化け物との境界線上に立っている感覚だ。

もちろん悩みはしたが、実際私に選択権などなく方法は一つに思えた。 『呪いの書』に示された材料を揃えた私は、早速呪いに取り掛かる。 呪殺の呪いは強力だが、他の呪いと手順は大きく変わることは無く無事に呪いを掛け終わった。 呪いの完成度としては、かつて無い程の出来栄えで必ず効果があるだろう。 呪いを掛けた一週間後、私は生存確認の意味を込めて依頼者である女性にやはり依頼を断る旨のメールを送った。 しばらくすると、死んでいる筈の依頼者女性から返ってくるはずの無い返事が来た。 まさか、呪いに失敗したのか。 緊張に強張りながら私は返信されて来たメールを開く。 メールにはこう書かれていた。
「メール拝見させて頂きました。今回は誠に残念ですが高名な先生がそう仰られるのであれば仕方ありません。ですが、最近私の体調が優れないためお会い出来ないでしょうか?先生であれば解呪にも詳しいと判断してのお願いです。お返事お待ちしております」

メールを読み終わった私は依頼者に会う事にした。 私の呪殺が何故彼女に効果が出なかったのか、彼女の言う体調不良の正体が私の施した不完全な呪いなのかなど、今私が抱えている疑問の答えを知るためには彼女に会う事が一番手っ取り早いと考えたからだ。 私は今まで呼吸同然のように行使してきた呪いについて分からなくなっていた。 『呪いの書』は本当に今まで呪いを正しい形で作用していたのだろうか?

数日後、依頼者に指定された公園へ向かった。 遊具も何も無い、空き地のような公園の真ん中で彼女を待つが公園内や周囲に女性は居なかった。 腕時計に視線を落とすと、既に約束に時間から三十分程過ぎている。 明らかにおかしい。もしかしたら体調不良というのは呪いの前兆であり、呪殺の場合は他の呪いと違って徐々に効果が表れるのかもしれない。 もしそうだとすれば、今後誰かを呪殺する場合は時差も考慮しなければならない。 呪殺が成功している期待をしながら、私は依頼者の女性を待った。

すると、薄暗くなった空の下、一人の男が近づいてくるのが目についた。男はフードをかぶっていて表情は見えないが、薄ら笑いを浮かべているように見えた。日もすっかり落ちた夜にもかかわらず男の影が私の足元にまでのびてきたのが見えた。同業者だ。同類は同類を知る。呪術の世界に住む者の匂いというか独特の空気を男は発していた。 思わず私は男に声をかけた
「あの・・・」
「あなたは私欲で呪いをかけましたね」

心臓をつかまれたような鋭い声だった。
「日本呪術研究呪鬼会の呪術師としてあなたに因果を含めに参りました。依頼者への呪殺の呪い、呪いの円環はあなたへと続いています」

男の手元に見覚えのある一冊の書が見えた。あの『呪いの書』だ。 男はそう告げると闇の中へと去っていった。 あの、『呪いの書』その作者は呪鬼会の呪術師だったのだろうか。 呪鬼会の呪術師が残した呪いの円環という言葉は私への呪い。 呪いの効果は私自身が一番知っている…その効果が出るまで私は正気でいられるだろうか。

※この作品はフィクションです。実在の人物・団体・事件とは一切関係がありません。

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