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報復の報復

呪い代行呪鬼会

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世の中には、私の理解し難い現象がいくつも存在する。 最近私が体験した一連の奇妙な現象を一言で表現するのであれば、それは「呪い」である。 誰にだって他言したくない過去の一つや二つあると思う。当然私にもある。

呪いについて語るには、私の忘却したい過去である中学生時代の出来事から話すべきだろう。 中学一年生の頃、クラスの中心人物であるA君に対して私は良い印象を持っていなかった。 他人の顔色を窺いながら、剽軽者を演じる彼が幼い私の目には馬鹿と映り、軽蔑の対象だった。 当然クラスメイトの中では私よりもA君の方が人気者だったが、周囲の好感度など興味が無かった私にとっては些細な問題にすらならなかった。 しかし、人間社会とは孤立すると非常に生きにくく、それは中学生にも当てはまる事だった。 学年が二つ上がり中学三年生になった頃、私はA君の虐めの標的になった。

虐めのきっかけはとても小さな事で、挨拶程度の下らない話題を振って来た彼を私が無視した。その光景を見ていた周囲のクラスメイト達が私を「感じが悪い奴」と非難した。 弁解を考えている内に他の生徒達が次々と私に謝罪を求めてくるので、私は謝罪をする間も無く謝罪を求められる声の中で遂に塞ぎ込んでしまう。 塞ぎ込んでしばらく、周囲の声が止むと私はふとA君を見上げる。 彼は憐れむような、形容しがたい笑みを浮かべていた。

その出来事をきっかけに私は中学三年生の一年間、A君からの虐めを受ける事になる。 教壇に立たされ、パンツを脱がされたり。弁当を窓から外に捨てられたり。持ち物を隠されるなどほぼ毎日行われていた。 その他数々の虐め、嫌がらせを受けたが、私は虐めの最中に見せる彼の残忍な笑顔が脳裏にこびりついて忘れられない。 やがて中学を卒業しA君から解放されたと思ったのも束の間、A君は私と同じ高校に進学していた。

何の因果か、またA君と同じクラスになった私はやはり虐めの標的になった。 高校生になった事により虐めの内容が変わった。暴力を受け、金銭を要求されるようになったのだ。 母子家庭で育った私に金銭的余裕など無く、母が毎月昼食代として渡してくれるお小遣いは、全てA君やその友達に奪われた。 ただ暴力に怯え、搾取される弱い私。 弱者は弱者なりに四年も同じ相手から屈辱を受けては、一矢報いてやろうと画策するものである。

私はA君を痛い目に合わせてやろうと、一芝居打つことにした。 毎日、昼休みになると昼飯代を私に要求してくるA君。 今日もA君が請求に来た際、私は教室中に聞こえるような声でA君に反抗した。
「毎日お金を要求してくるけど、A君って貧乏なんだね」 それは、私の中に残っていた勇気を振り絞って言い放った言葉で、もしかしたら上ずっていたかもしれない。 突然私が大声を出した事で一瞬教室が静まり返り、直後A君の表情が怒りで歪んだ。 A君が私の名前を叫んで追いかけて来ることは分かっていた、追いかけてきてくれなければむしろ困るのだ。 私は一目散に教室を抜け出し、階段を駆け上った。 下から私を追いかけて来るA君が分かると、私は階段の踊り場で踵を返してA君に向かって思い切り体当たりをした。

自らの体を投げ捨ててA君もろとも階段を転げ落ちた私は、あわよくばA君と心中するつもりだったのだ。 しかし、A君を下敷きにしていた私は肩を脱臼するのみの軽傷で、反して私の下敷きになっていたA君は右腕の骨を複雑骨折した。 A君を骨折させた私の処分は、私自身も階段から落ちていた為、学校側は不慮の事故と判断し二週間の休学処分。 休学明けからもA君以外の生徒から虐めは続いたが、私の心の中はA君に一矢報いた事による達成感に似た満足感が確かに存在した。

しかし、A君の人生はこの怪我によって大きく変わっていくことになる。 野球部に入部していたA君の選手生命は絶たれ、利き腕を怪我した事により勉学にも支障が出ていた。 部活や学業で満たされなくなった彼は、他のもので自分を満たそうとした。

二年生からクラスを分けられた事をきっかけに、私自身はA君について詳細に知らないが、高校三年の頃、A君は大麻に手を出し始める。 卒業した野球部の先輩に誘われた事をきっかけに、彼は大麻を自分で使い、そして自分で使う為の金欲しさに他人に売り始めた。 何故、A君が三年生の頃に大麻に手を出したのか知っているのかと言うと、三年生の頃に彼が警察に捕まったからだ。 警察に逮捕された噂は学校中に瞬く間に広まり、A君は卒業を待たず学校を自主退学という形で去った。

高校卒業後、同窓会に私は出席していなかった為、しばらくA君と関わる事は無かった。 そして、A君の存在も忘れかけていた頃に私は思わぬ形でA君の名前を思い出す事になる。 それは私が大学を卒業し、新社会人として働き始めてちょうど一年が経った頃、高校のクラスメイトからA君が亡くなったという連絡が入った。 A君の名前の懐かしさよりも、知っている人間の死という初めての体験が私の心を揺さぶる。 A君に虐めを受けていた頃の私にとって、A君とは打ち倒すべき敵だった。 階段から彼を突き落とした後のA君とは、私にとって後悔を擬人化したような存在だった。

高校卒業後は彼の存在を頭の片隅に追いやり、今の私にとってA君とは一体何なのだろうか? 彼が亡くなったと聞いて、私は悲しみを感じなかった。 喜びを感じるなどもってのほかだった。 つまりは私にとってA君とはその程度の存在だったが、学生時代を振り返ると必ず思い出す存在なのだ。

では、A君にとって私はどのような存在なのだろうか? 階段から突き落とされ、腕の骨折を機にA君の人生は転落する。その原因を作った張本人である私を彼は恨んでいるのではないだろうか? 彼の訃報を聞いて私が最初に感じた感情は戸惑い。そして最後には恐怖を感じた。 そうだ、きっと彼は私の事を恨んでいるに違いない。 ふと、人の気配を感じて背後を振り返るが、当然そこには誰も居なかった。 私はA君のお葬式に出席する事は控える事にした。 この時もし、お葬式に出席していたのであれば私の運命は変わっていたのかもしれない。

A君が亡くなってから数か月が経ったころ、私の周囲で異変が起き始めた。 最初に異変を感じたのは、体調の変化。 何の前触れも無く高熱が出る事があり、仕事を休まざるを得ない事がしばしばあった。 病院に行っても原因が分からず解熱剤を処方されるのみ。 異変は体のみならず心も浸食していった。 ちょっとした不都合で過度な不快感を感じるようになってしまった私は、周囲に八つ当たりする事が多くなった。 そんな私を避けるように私の周囲からは一人、また一人と人が離れていった。

そして、私を一番追い詰めていったのは毎晩見る悪夢だ。 悪夢は毎日同じ内容であり、私がA君を教室から階段へと誘い出した後に彼を階段から突き落とす。 私にとっては一番忘れたい過去であり、結果的にA君を死なせてしまった原因。 夢の中でA君は何度も階段から落とされ、その瞬間の怒りに歪んだ表情が何度も鮮明に上書きされていく。 あまりにも鮮明過ぎて彼が本当はどのような表情をしていたのか忘れてしまった程だ。

肉体的にも精神的にも追い詰められていく日々で、私は仕事を辞める事にした。 母は私が体調を崩している原因が仕事だと思っていたらしく、仕事を辞めてもなお私の体調が優れない事を疑問に思った。 原因不明の病に体を蝕まれていく私は吐血をするようになるが、やはり医師には原因は分からないそうだった。 ある日、やつれきった表情の私を見た母は一言呟いた。
「まるで、呪いを掛けられているみたい」 母の言葉に私は気が付いた。 そうだ、これは呪いだ。 亡くなったA君が私を恨み、その恨みが呪いとなり私を蝕んでいるに違いない。 風邪なら風邪薬を飲めば治るが、呪いなどどう対処すれば良いのか分からない。 アルバイトをしながら、再就職先を探すが私のような学歴も職歴も落ちこぼれの人間を雇ってくれる程この国は好景気では無かったと思い知らされる。

ハローワークだけでは足りないと、インターネットで色々な仕事を探していた時に一つの広告が目に入った。 「……呪い代行、日本呪術研究呪鬼会?」 ほんの興味本位にクリックをすると、呪い代行いたします、日本呪術研究呪鬼会という怪しげなサイトが表示された。 サイトには呪いについての説明から、実際に誰かに呪いを掛ける場合の料金表などが掲載されている。

呪いについての説明、具体的には呪いを掛けられるとどのような現象が起こるのか読んでいくと、私の身に起こった事と一致する項目が多々あった。 サイトを読み進めるにつれて、母が私に言った「呪いに掛けられているみたい」という言葉に信憑性が増してくる。 平常時の私であれば、呪い代行業者などという胡散臭いものは信じなかっただろう。

しかし、謎の体調不良や失業を経て私はきっとどうにかしていたのだろう。 気が付けば、私はホームページに書いてある連絡先に電話を掛けていた。 七回コールした後に留守番電話へと切り替わった時、私は少し冷静さを取り戻した。 バカバカしい、なにが呪い代行業者だ。 そう思い、スマートフォンをベッドに投げ捨てると私は呪い代行業者のホームページを消して就職先探しに没頭した。 気が付くと、カーテンの隙間から朝日が差し込んでいた。 どうやら、職探しに没頭するあまりに寝落ちしてしまったようだ。 半覚醒状態の頭でスマートフォンの画面を付けると、一件の不在着信があった。 番号をよく見ると、それは昨日私が掛けた呪い代行業者、呪鬼会の電話番号だった。

本当に実在していたのか、一瞬悩んだ後に私は呪い代行呪鬼会へリダイヤルをした。 三回ほどコールをした後、低い男の声が『もしもし』と言う。
「あの、呪い代行呪鬼会の方でしょうか?」
『ええ、ご依頼をご希望の方でしょうか?』
「あ、いや……まだ依頼をするって決めた訳じゃないんですけど、呪鬼会のサイトには誰かに掛けられた呪いを解呪することも可能と書いてあったんですけど……本当ですか?」
『解呪となりますと、直接お会いして呪いの強さを見てみないとなんとも言えません』
「そうですか……」

その後、私は呪い代行呪鬼会の男に最近起こった不可解な出来事を詳細に語った。 男は話を聞いた限り呪いである可能性が高いこと。更に私に掛けられた呪いは非常に強くこのまま放置すれば命の危険すらあると言う。 営業目的の脅し文句の可能性も警戒したが、何はともあれ一度見てもらわない事には話しが進まない事は理解した。 男は明日であれば都合が良いとの事だったので、私は呪い代行呪鬼会の事務所まで行く事にした。

翌日、私は呪い代行呪鬼会の事務所の扉を叩いた。 呪い代行呪鬼会の事務所があるビルは意外にも綺麗で、人材派遣会社などの事務所なども同じビルに入っていた。 インターホンを押してしばらく待つと、扉の中から真っ黒のスーツに身を包んだ長身の男が出てきた。
「お待ちしておりました。どうぞ中へ」 通されたのは事務所の中に一室。白塗りの壁に囲まれた十二畳程の広さがある簡素な部屋には、四角い机が一つと四つの椅子のみだった。 テーブルの上に出された名刺には、呪い代行日本呪術研究呪鬼会、石黒という名前、呪鬼会公認呪術師という肩書のみが書かれていた。

冷茶の入った紙コップを持ってきた石黒は、私の向かいに座ると早速呪いについて切り出した。
「顔色を拝見したところ、そうとう困っていらっしゃるようですね」
「ええ、正直参っています。医者に行っても原因不明の体調不良に、度重なる不幸。私はこのままどうなってしまうのでしょうか?」
「死ぬでしょうね」 きっぱりと言い放つ石黒に私は気分を害した。 私が死のうと他人事だと思っているのを隠す気がさらさら無い石黒の態度が気に食わない。

しかし、彼が私にとって最後の希望なのだ。不快に感じてもそれを表情に出すわけにはいかない。 私の葛藤など知らない石黒は、唐突に金額を口に出した。
「五十万です」
「えっと、それはなんの金額でしょうか?」
「貴方に掛けられた呪いを解く、その報酬額に決まっているではありませんか」 五十万という金額は今の私には払えない訳ではない。

しかし、その金は私が働いていた時にしていた貯蓄のほぼ全額であり、まだ再就職先が決まっていない私にとって全財産を差し出す事はかなりリスクの高い行為だ。 それに、私はこの男が信用出来ないでいたのだ。 もし仮に五十万を支払って、詐欺だった場合は私もこの男が私に掛けられた呪いの一部だと思わざるを得なくなる。 そうなってしまっては、結果として呪いに殺される事に変わらない。 つまり、私はこの男に五十万を支払っても支払わなくても、A君の呪いによって死んでしまうのだ。 どうせ死んでしまうのなら、いくら現金を持っていても意味がないではないか。 この時の私は今まで育ててくれた母に恩を返そうという考えは微塵も浮かばず、全財産を利己的に使う事を選んだ。
「分かりました。五十万支払います」 私の言葉に石黒は表情一つ変えずに契約書を取り出した。
「では、こちらにサインをお願いします」 石黒に言われた通り書類にサインをしていると。
「ちなみに、貴方に掛けられた呪いは女性から掛けられたものですが、心当たりはありませんか?」 石黒が言い放った衝撃的な言葉に思わず、ペンを止めてしまった。 今まで私は、私に掛けられた呪いはA君の呪いだと思っていたが、違うらしい。 動揺のあまり、私は石黒にA君について話した。
「……実は、私は学生時代一人の男子生徒を階段から突き落としてしまい、その時の怪我が原因で彼の人生を壊してしまいました。最近その人の訃報が入りまして、てっきり彼に呪われていたのだと思っていました」
「死人が人を呪う事も当然ありますが、貴方に掛けられた呪いは間違いなく生きている人間からの呪いです」 石黒の言葉に私は背筋に冷たいものが走る感覚を覚えた。 一体、誰が私に呪いを掛けたのだろうか……。A君以外に誰が私を恨んでいると言うのだろうか。
「ちなみに、その亡くなられた方には家族はいらっしゃいますか?」
「確か、一人っ子だったので両親だけだったはずです」 石黒はどこか納得したような表情をした後に、ある例え話をした。
「 例えば、仮に階段から落ちて骨折したのが貴方だった場合を想像してみて下さい」

もし、階段から落ちて私が骨折しA君と同じ末路を辿ったのなら……。 私の遺体の傍らで泣き崩れる母の姿が真っ先に思い浮かんだ。 つまりは、そういう事なのだろう。 どうやら、私に掛けられた呪いは相当強いという事だけは理解できた。 石黒にはなんとしても解呪してもらわなければ……。

※この作品はフィクションです。実在の人物・団体・事件とは一切関係がありません。

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