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屋上から飛び降りたアイツ

呪い代行呪鬼会

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僕は、決して後悔しません。一生のお願いがあれば、今使うことをみんなが認めてくれるに違いないでしょう。何度も心の中でそう唱えながら、僕は、パソコンの前であるサイトに向かっていました。

制服のズボンは冷たく濡れていましたが、それは天候のせいではありません。滴る水からは、公園の公衆トイレのような臭いが放たれているのです。それも当然、僕の身体に浴びせられたのは、奴らが学校のトイレでデッキブラシを使い、あちこち掃除した水だと言っていました。肌にまとわりつく水はぬめり気もあり、それは洗剤のせいだと思ってはみるものの、気持ち悪いことこの上ありません。それでも自宅に帰り、風呂場で着替えるよりも先に机のパソコンに向かったのは、それほど勢いが必要だったといっても過言ではないでしょう。なにせ僕が望むのは、奴らへの「呪鬼会」による復讐なのですから。

奴らの僕へのいじめが始まったのは、中学に入学してすぐのことでした。小学校の頃はひょうきん者として弄られながらも友達のいた僕でしたが、中学に入ると様子が一変しました。というのも、二つの小学校が一緒になるのですが、もう一つの小学校は素行が悪いことで有名だったのです。僕たちの小学校では、事前にそのことを把握している親たちが友達を私立の中学に入れようと目の色を変えて受験勉強させていました。僕は、そもそも自分に影響がでることだとは思っておらず、両親もそこまで心配していませんでした。結果、試しで受けた中学受験には当然ながら失敗し、地元の中学へ進学しました。それが、すべての始まりだったのです。

意外にも割り振られたクラスには仲間が多く、僕は浮かれていました。小学校の頃と同じように、みんなの前でギャグを言い、笑いをとる。たったそれだけのことです。でも、それがあいつらにとってはとてつもなく胸糞の悪い出来事だったようです。 最初に変化に気づいたのは、入学から二週間くらいしてからでした。音楽や美術、理科の実験等、授業によっては教室の移動が必要となります。普段は、仲の良い三人ほどで移動するのですが、その日は気づいたら友達がクラスから姿を消していました。ただ、初めはトイレに行ったのかなくらいにしか思いませんでした。体育館に行くと、二人は壁際でふざけ合っていました。「なんだよ、置いてくなよ」、軽い気持ちでそう言いながら二人の肩に手を伸ばすと、するりと身体が抜けてしまう。避けられたのだ、と気づいたのは彼らの顔を見たからです。困ったような、それでいて少し隠すことのない嫌悪感。戸惑う僕をよそに、二人は教師の吹いた笛に呼ばれるように走っていった。そして、壁際にいる三人に気づいたのです。僕の方を見て、お互いに耳打ちをしながら、クスクス笑っていました。あいつらのせいかもしれない。そう思うと悔しくて、僕は小さく舌打ちをして、列に並びました。

僕は、どこで間違えたのでしょうか。それから一週間後、僕は見事にクラスから孤立するようになっていたのです。 一度、いわゆるハブられてしまうと残された道はふたつ。ひとつは学校を行くことさえやめてしまうこと、そしてもうひとつは周囲からいくら無視されようとも頑張ってクラスに行くことです。僕は、迷うことなく後者を選びました。理由は自分でもはっきりと分かりません。小学校ではムードメーカーだった自分からの転落を認めたくなかったのか、少し辛抱すれば周囲の人間も飽きてまた普通に戻ると期待したのでしょうか。それも嘘ではありません。でも、一番は母親に心配かけたくなかったのです。

小さい頃に父親が病気で死に、母親は一人で僕を育ててくれました。なにより母親が喜ぶのは、僕の成績がいいことでも、運動で一等賞をとることでもありません。元気に友達と仲良く学校に行っている姿を見送るのが好きだと言っていました。せめてその言葉を、裏切りたくなかったのです。そして、その態度が奴らをさらに増長させました。 一番簡単で、そして最大に苦しかったのはクラス全員による無視です。まるで空気のように扱われると、本当に自分が存在していないのではないかと錯覚を起こすほどです。誰かに話しかけることにいちいち勇気を出さねばならず、背後で誰かが小さく笑うだけで肩に力が入ってしまいます。ただ、目に見えない嫌がらせでなくなることに時間はかかりません。一カ月が経つ頃には、朝教室に入ることが怖くなりました。足元をよく見ていないと、すぐに足をかけられて転んでしまうのです。椅子に座ろうとすると、すっと背後に引かれて尻もちをつきます。それも、まだいい方でした。さらに一カ月が経つと、明らかな嫌がらせが増えたのです。廊下を歩いているだけで、腹を殴られる。体育の前に着替えようとすると、ジャージが消えている。下駄箱に置いておいた上靴の中に画鋲が入っているなど、今まで漫画の中でしか見ていなかった初歩的なものがたくさんありました。とても驚いたことは、なぜか良い匂いがするなと思いながら机の中から教科書を出そうとすると、フルーツジュースまみれになっていたことです。給食の牛乳ほど臭くはなく、明らかに自分がやったわけであるはずがないのに、担任はそんな僕の姿を見て、僕を怒ったのです。それも、食べ物を粗末にするなという理由です。僕の最初の限界はこの時だったと思います。

次に限界を感じたのは、つい二週間前のことです。夏休みも終わり、衣替えも終えた僕たちは、再び学ランに腕を通すようになっていました。僕は結局部活に入ることもなかったのですが、その日は何度目かにおよぶ上履き喪失事件があり、体育館裏を探している時でした。大抵、上履きは見つかります。もし自力で見つけられないと、翌日になれば泥まみれの上履きが下駄箱に返ってきているのです。だから、そこまで真剣には探していなかったのですが、確率が高いのはそこでした。そして、僕は今まで知らなかった事実に出会うのです。
「明日は、お前があいつの教科書にナイフを刺してみろよ。フルーツ牛乳は意気地なしが机の中に閉まったから面白くなかったよな」
「そうだよ。教室に入ってきた時の顔、写真に撮って配ろうぜ。あいつ、何やっても顔色かえねぇのがむかつくんだよな」
「そう、俺達昔から嫌いだったんだよ。だから、な。お前達の小学校出身者にも噂流してくれよ。あいつが嫌われていたって」

その声に驚き、木陰から顔を覗かせると、そこにいたのは僕を避けていた友達二人だったのです。二人は、僕の面識もない小柄な男子にたたみかけるように話しています。少し乗り気ではないように思えるソイツも、最終的には二人の手元から数枚の紙幣を奪うようにして取り、逃げ去っていきます。僕を一番驚かせたとしたら、フルーツ牛乳でも上履きの中の画鋲でもありません。二人が、僕をいじめる主犯格だったことです。てっきり、僕はクラスでリーダー格の三人に嫌われて始まったことだと勘違いしていました。いや、きっかけはそうだったかもしれません。でも、今となっては二人は僕の一番の敵になっていたのです。そして、驚きで腰を抜かした僕が音を立てたことで、さらに事態を悪化させてしまったのです。二人は誰かに聞かれたと思ったのでしょう。慌てて覗きこんだ先にいた僕の姿を見つけ、一瞬驚いた顔をしました。でも、どちらともなく声を発したのです。
「お前が悪いんだよ!いつもつまらないことで笑いをとろうとして」
「そうだよ!運動会で障害物に俺だって、出たかったのに!」 もはや、訳のわからない勝手な逆恨みだと思いましたが、結局はそんなものでしょう。僕はそれでも反論せず、ズボンのケツを叩くと、無言で側を後にしました。 しかし、それからは相手が二人に集中しました。給食を運んでいると、わざと背中をおされて転んだこともありました。音楽の授業でリコーダーの中にチーズを詰められたこともあります。それでも、我慢しました。

でも、ごめんなさい。もう限界なんです。 今日、奴らは僕にトイレの水を浴びせました。今まで制服が汚れることはありました。でも中学生の男児が遊びに夢中で泥だらけになることは珍しくないでしょう。母親は少し困った顔をしながらも、水洗いしてくれていました。でも、ここまでされたらもう無理です。この臭いで母親も異変に気づくでしょう。なにより、一番高価ともいえる制服を購入した時の母親の少し興奮した、それでいて嬉しそうな表情は脳裏に焼き付いています。それを守り切れなかった、裏切ったような悔しさが、僕の全身を震え上がらせるのです。今まで奴らに何かできないか考えたことがなかったとは言いません。

この「呪鬼会」のサイトを知ったのも、その検索に引っかかったからです。信じているか、と言われれば半々です。情報を入力しながら、ページを閉じようかと迷った瞬間もありました。でも、すぐに僕の呼吸を浅くさせる奴らの顔を思い出したのです。田邉と佐々木、二人はトイレに入った瞬間の僕に、バケツの水を浴びせたのです。おそらく、満杯に入っていたのでしょう。小さく顔を殴られたような衝撃と、泡が目に入っただろう痛み。そして、背後から入ってきた同級生の息をのむ声。次々と襲ってくる感情に、目を開けた瞬間、二人が笑っているのが見えました。そして僕は、何も考えずに二人に殴りかかっていたのです。 とはいえ、ニ対一です。僕は二人ともみくちゃになっている間に、同級生が呼びに行っていた先生にはがいじめで引き離されました。ただ、怒りは収まりません。僕は先生の掴んでいる腕を振りほどくと、昇降口へ、そして校庭へ、さらに自宅へと走り出しました。自宅に着くと同じくらいにして、家の電話がなり始めました。恐らく、担任でしょう。そして、母親にもこの事態が知られるでしょう。だから僕は、急がねばならないのです。

「呪鬼会」に二人の情報を渡し、呪いをかけてもらうことで僕の気持ちは少し晴れていました。実際には半信半疑だったといっても嘘ではありません。予想通り、担任から事情を知った母親は、僕の予想を裏切り悲しむことはなく、むしろ怒り狂って二人の家に怒鳴りこもうとしました。母子家庭でそんなことをしたら余計に白い目でみられるかもしれない、となだめた僕を見た母親は一瞬だけ悲しい顔をしました。どうして、人は簡単に人を傷つけてしまうのでしょう。母親は殴り込みは止めてくれましたが、その代わりに僕が学校へ行くことを禁じるようになりました。普通は逆です。僕は母親に知られた以上、特に意志はありませんでした。ただ家のことをして、母親を送り出す毎日。そんな僕に朗報が訪れたのは、たった十日ほどしてからでした。

家に来たのはスーツを着た見知らぬ男の人が二人。そしてなぜか、僕を助けてくれなかった担任も一緒にいました。夕飯の後片付けを終えた八時過ぎ、玄関のチャイムが鳴ります。僕が出ると、担任は少しほっとしたように言いました。
「久しぶりだ。元気そうだな」 その一言は、決して間違ってはいません。僕は、毎日テレビを見ながら適当に勉強をしているだけですから。でも、母親が血相を変えて飛び込んできました。
「先生!この子に一言でも謝ったことがあるんですか!この子は」 母親の剣幕に押されることなく、脇にいた男が身体をもぐりこませます。そして、面白いことをいいました。
「さらに気分を悪くさせたら謝りますが、念のため確認に来ました」 そして、胸ポケットから黒い手帳を出しました。一瞬だったが、ドラマでよく見ます。
「今日、クラスメイトの田邉君が学校の屋上から飛び降りました。原因は不明ですが、意識不明の重体です」 僕は、隣の部屋に姿を隠し、はっと口元を両手で押さえます。
「あの子は、一歩も外にでていません!ましてや、あんなに嫌な思いをした学校に」
「確認です。なぜかというと、昨日、佐々木くんも怪我をして入院しているんです。こちらは意識がありますが、なにせ」
「そんな、あの二人がですか?佐々木くんはなんで」
「大きなニュースにはならなかったんですが、通り魔に襲われたんです。目撃者もいて、犯人もすぐに抑えられたので、二つに関連性はないんですが、あまりにも」 「ちょっと!ちょっと、来なさい!」 母親に呼ばれた僕は、再び玄関に戻ります。そして、にやけそうな顔を必死で押さえながら、刑事と担任の投げかける質問に答えました。なにせ言えることは「知りません」、「家にいました」それだけで、正しいのですから。

結果、二人は一命を取り留めました。しかし、田邉は今もまだ眠りから醒めていません。事故があってから一カ月ほどして、家にいることが飽きた僕は学校に向かいました。二人が、これからなにかしてくるとは到底思えなかったのです。もちろん、いじめられていた僕が、突然またムードメーカーに返り咲くことはなっていません。ただ、主犯格の二人が事故にあったことで、クラスメイトも僕を遠巻きに見守っているようです。それが、僕の生活にとってどれだけ平和なことか、おわかりいただけますか。本当に、「呪鬼会」さんにはお世話になりました。

※この作品はフィクションです。実在の人物・団体・事件とは一切関係がありません。

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