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懲りない依頼者

呪い代行呪鬼会

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日本呪術研究呪鬼会の呪術師として迎え入れられて早一年。 日本呪術研究呪鬼会での役務、無料相談の着信音が鳴った。非通知だ。 こうして、呪いに関する相談の窓口を請け負うことも多くなった。ほとんどはくだらないいたずらや冷やかしだが、着信音を聞けば出なくてもなんとなく分かるようになった。この着信は呪い代行の依頼だろう。俺の勘がそう告げる。
「……あの、呪いの代行呪鬼会さんですよね?」 若い男の声。少し甲高い。神経質そうだ。 「気に入らない女を呪ってくれませんか?」

依頼主は金田と名乗った。職業は公務員。年齢は25歳。 呪う相手はフラワーショップの店員。名前は木下という21歳の女性。 金田と木下の関係は客と店員。それ以上でも以下でもない。客として訪れた金田が店員の木下に一目惚れした。木下にとってはただの客。それだけの関係だ。 金田が木下目当てに何回か来店しているうちに顔なじみになり、木下と少し立ち話をするようになったそうだ。 ある日、定年退職する上司へ贈る花束を金田が購入することになった。

金田は木下のいる時間帯を狙って来店して注文した。会計の際、木下が「こんな素敵な花束を贈られる人は幸せですね」と笑顔を浮かべた。店員としてのリップサービスだ。 金田はこれを“花束を贈って欲しい”という木下からの遠回しなアプローチだと直感した。その場ではさすがに思い違いだと思ったが、一晩考えた結果、やはりアプローチだと結論付けた。根拠を聞いたが、“男は鈍感だから女性からのアプローチに気づかない法則がある”という。まあ、俺にはよく分からない法則だ。

翌日、金田は木下の店を訪れて花束を注文。会計を済ませ、受け取った花束をそのまま木下へ差し出した。そして交際を申し込んだ。ドラマチックな演出に彼女は感激するはずだった。否、感激する義務があった……と、金田は思ったそうだ。 しかし彼女は喜色を浮かべることなく戸惑い、“こういうのは困ります”と一歩下がった。金田は彼女が遠慮していると思ってさらに花束を突きつけた。彼女はさらに後ろへ下がる。異変に気付いた店長がやってきて、彼女との間に割って入った。“代金はお返ししますからお引き取り下さい”と厳しい表情だった。

誤解だ、そういうつもりではないと金田は抗弁しようとしたが、店長は店の出口を示して退店を促すだけだった。居合わせた他の客がにやにやと眺めてくる。金田は店から飛び出した。 金田は木下をひどい女だと思った。交際を断られることは仕方のないことだ。しかし、そのつもりがないなら誤解させるような思わせぶりな態度をとるべきではない。さらに、申し込みを断るにしても店長や客など他者の目のある時には配慮すべきだ。小声で断るとか、人目のない場所へ移動するとか。それくらいはするのが当然だ。恥をかかされた。名誉を傷つけられた。木下には相応の報いを与えなければならない。 金田からの話はそういう内容だった。

つまりフラれた腹いせ。典型的な逆怨みだ。 自分で呪えば良さそうなものだが、万が一にも発覚するのが公務員という立場的に困るそうだ。 俺は話を合わせた。
「金田さんのおっしゃる通り。ひどい女ですね。でも、社会的立場のある人こそ呪いに手を出してはいけませんよ。人を呪わば穴二つと言いますし。私のようなプロに任せることは賢明なご判断、さすがです」 金田は喜んだ。

支払いや料金、呪いをかけることに関するリスクなどを説明し、金田の呪いの依頼を正式に請け負うことになった。 呪いを代行する上で大切なのは実際の呪い儀式よりも準備だ。情報収集、属性の調査、それ等に応じた呪詛法の策定、方位や場所の選定など。ターゲットの髪の毛や生年月日など個人情報も必要だった。 金田は木下の髪の毛や個人情報をすでに入手済みだった。入手方法は聞くまい。そのお陰で呪いの準備が少なくて済むのだから。

まず個人情報から依頼主の金田とターゲットの木下の属性を確認する。金田は「金」、木下は「木」だ。これだけで相性が悪いことがわかる。フラれるのも仕方ないだろう。 木下の霊的な加護を測定する。時期的には今はやや強いようだ。地図アプリで自宅を確認すると大きな公園や川の近い場所だった。「木」にとって「木」「水」は相性が良い。それらは方位的にも木下の自宅を守るような位置関係にあった。立地的な守りは良好と言える。これは少々厄介だった。

地図をにらみつけていると、一方向だけわずかに隙間のように開いている方角があった。その方角から呪いを差し込むか。延長線上を確認すると、呪鬼会に縁のあるとある神社があった。 この神社ならワラ人形を打ち込む『丑の刻参り』が良さそうだ。釘は「金」気なので、ターゲットの「木」に対して強い。霊的守護を破りやすい。 さっそく宮司に電話をかけてみる。十回ほどコールすると明るい声が出た。 俺は挨拶も前置きもなく用件を切り出した。
「呪鬼会のものだが、明日の夜から7日間、邪魔するがいいかい?」
「また釘打ちか……」 途端に宮司の声は渋くなった。 しばしの沈黙の後、宮司は「釘打ちは程々にな」と言った。 こうして俺は丑の刻参りの承諾を得た。

深夜の境内。 こんな時間に参拝するやつはいない。いたら賽銭泥棒か丑の刻参りだ。ジャージ姿に黒いリュックを背負った俺は、きっと賽銭泥棒に見えることだろう。 社務所の裏手に回った。周辺を見渡して人影がないことを確認してから、リュックから着替えを取り出す。白い浴衣をジャージの上から羽織る。 ライターでローソクに火をつけて五徳に取り付ける。慎重に頭の上に乗せる。 全身に冷水を浴びせ、粗塩を練りこみ心と体を清める。呪いをかける前のルーティーンのようなものだが、これで万が一の呪い返しの用心だ。

着替えを終えて、社務所から手水舎へ移動する。手を洗い、口をすすぎ、最後にまた左手を流した。 手水舎から境内の裏手にあるご神木まで移動する間、絶対に人に見られてはならない。こんな目立つ格好なのに『人に見られなかった』という条件成就が丑の刻参りの効果を強くするのだ。この神社は塀が高いし背の高い木や枝も生い茂っている。外から目撃されるリスクが低い。丑の刻参りには最適と言える。 高い塀沿いを進むとご神木の前に到着した。正面に回りしめ縄を前に二回ずつ頭を下げて手を合わせ、最後にもう一度頭を下げた。

腕時計を確認すると二時を少し過ぎていた。丑三つ時だ。 リュックからワラ人形と金づちと五寸釘を取り出した。ワラ人形には金田から受け取った木下の髪が織り込んである。 ワラ人形をご神木に当てる。その胸に五寸釘を添える。おもむろに金づちを振り下ろした。カーンと甲高い金属音が静寂の境内に響く。今回は「木」相手ということで「金」を補強するために金属ハンマーを使用した。音が響くので人に発見されるリスクが増すが、呪い効果の大幅な期待できる。 手早く釘を打ち込んだ後、ワラ人形の突き刺さった幹を麻製の幹巻きシートで覆った。ワラ人形は完全に隠れるので一見しただけでは幹の保護をしているようにしか見えない。

これで初日の作業は完了だ。腕時計を見ると五分も経過していない。準備にかかる時間に比べれば作業時間は短い。呪い代行業は準備が重要なのだ。 頭の五徳を外してローソクを吹き消す。白の浴衣を脱いで一緒にリュックへ詰め込む。スマホのライトをつけて足元を確認する。忘れ物はない。俺は足早に神社から撤収した。これをあと六日続けて繰り返す。

異変は六日目の夜に起こった。 ワラ人形に六本目の釘を打ち込んだ瞬間、俺の胸に針のような小さな痛みが走った。呪い返しだ。年に何度もあることじゃない、こういうことには敏感だった。 リュックから御守を取り出し、袋の中の身代わり護符を確認する。予想通り変色していた。わずかな変色なので、これくらいなら問題ないだろう。俺は釘打ちを続行した。胸に痛みはあるが耐えることができた。

夜が明けてから金田に連絡を入れた。確認のためだ。
「ターゲットに呪いの話をしましたか?」
「え?ええ、まあ……」 金田はごにょごにょと言った。少し怖がらせてやりたかったそうだ。俺はため息をついた。 しかし、呪っていることを告げるのは悪いことではない。呪われているというマイナスの感情が生まれることで呪いの効果が増すことも多い。ただ、今回の場合は霊的な守護を補強されてしまったわけだが。 幸い、呪いの代行を依頼したことはしゃべっていないそうだ。代行する術者、つまり俺のことが相手にバレてなければ呪い返しの影響も弱くて済む。同業者に駆け込まれて呪い返しされるようなこともなさそうだ。

きっと木下は心配になって御守を買ったのだろう。それが木下の氏神か縁のある神社だったから早速ご利益があったというあたりか。まあ大した障害ではない。 その夜。深夜二時。丑の刻参りの最後の晩。 昼間のうちに宮司からもらっておいた神札や護符をしっかり身に着けて臨んだ。万が一、呪い返しで心身に異常がおこったとしても、所属している呪鬼会ですら助けてはくれない。すべては呪術師の力不足、と切り捨てられるだけだ。

いつもよりも力を込めて釘を打ち込んだ。腕力と呪力は無関係だが、最後の七本目に特に気持ちが入る気がする。俺の胸には呪い返しの効果で何本かの針の痛みが走る。しかし痺れる程度だった。木下の御守にはそう大した効力はなさそうだ。すぐに五寸釘はワラ人形に深々と埋まった。 こうして俺は呪い代行の仕事を果たした。軽い呪い返しという障害はあったが今回の依頼は楽だった。

丑の刻参りの完了後、ワラ人形と七本の五寸釘をご神木から引きはがした。ご神木に穿たれた七つの釘穴には樹木用の薬剤を塗布。ご神木へ二礼二拍手一礼して神社を後にした。 数日後、金田から電話があった。
「呪いの効果はありましたよ!彼女の飼い犬が死んだり、友達が交通事故にあったり、親戚のおじさんが入院したり。彼女もかなり弱っているみたいです。すごいですね!」 金田は興奮している様子で早口に言った。俺は曖昧に相槌を打つ。

呪いの効果に喜ぶ金田の様子よりも、金田が木下の周辺の出来事をここまで知っていることの方に興味がわいた。盗聴器でも仕掛けているのではないか。
「それで、お願いがあるのですが」 呪い返しの代償の胸の痛みを感じ、少々イラつきながらも金田の話に耳を傾けた。
「呪いって簡単なんですね。次はいい女と出会えるすごいやつを頼みたいんです」 チクリと例の痛みが走った。俺は黙って電話を切った。

※この作品はフィクションです。実在の人物・団体・事件とは一切関係がありません。

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