消えた悪徳呪い代行業者
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私は途方に暮れていた。 遡ること一年前、私、君島聡子は呪い代行を依頼した。 私を捨てた彼との復縁の願いを叶えたかったからだ。 呪い代行には、相手に復讐をするものだけでなく、復縁も可能にするということができると後で知ったからだ。 私は彼と別れた。フラれたといっていいだろう。同僚の女性に奪われてしまったのだ。私よりその彼女の方が魅力があったということか。 私は焦った。これからどうなってしまうのか。復縁できるのか。できればそうしたい。 私はすぐにネットで呪い代行サイトを検索した。
意外なほどに簡単にたくさんのサイトが見つかり、その中から一つのサイトを選ぶのは苦労したほどだった。 「絶対にかないます」「効果がない場合は返金」、自信満々のその言葉にひかれて私はあるサイトに依頼をした。 依頼を申し込んですぐに料金の提示があった。リーズナブル、というべきかたった3万円でいいとのことだった。 これで「絶対にかないます」「効果がない場合は返金」なのだからやらないと損というものだろう。
しかし、一向に結果が現れない。気がつくと依頼してから一年以上を経過していた。 その都度、何度か呪い代行進捗報告をメールで聞いてみたが、「いいところまで来ている。もう少し辛抱を」と言われ、その度に追加祈祷料なるものを要求され、払った費用は300万にもなっていた。 それでも希望を捨てきれない私は辛抱強く待った。 だ、その希望はあっけなく崩壊した。なんと彼と女性が結婚してしまったのだ。 私は愕然とした。呪いはきかなかったのか、どうなっているんだとの思いから、呪い代行サイトに連絡を入れてみた。 だが通じなかった。サイトも消えている。呪い代行業者は消えた。
そのとき初めて、私は騙されたのだと悟った。 こうなったら、せめてその呪い代行業者を探して払った300万を取り返したい。しかし、私には呪い代行業者を探し出す手がかりなどあろうはずもなく、諦めるしかなかった。 自分の愚かさを感じながら、私は町はずれの喫茶店でひとり珈琲をすすっている。貯金を奪われ、生活費も底をついてきた。どうしよう。 しかも、昨日は私の境遇に追い打ちをかけるような気味の悪い出来事に遭遇している。もっと私に災難が降りかかるのだろうか。踏んだり蹴ったりだ。
昨日。失意の中、地方への日帰り出張を命じられた。とても行く気力はなかったのだが、業務命令では行くしかない。 出張先で仕事を終え、帰りの駅に向かうタクシーに乗ったときだった。 急に車が徐行した。こんな山道の人も車も少ない場所で渋滞?人だかりがしている。 「なんだろう」と運転手がつぶやく。
「事故ですかね」と私。
人だかりを見ていた運転手は、 「あ、あれは猫ですね」
「猫?」 人だかりを通り過ぎるとき、タクシーの中からチラッと見えたもの。それは猫の死骸だった。白い猫だ。血に染まっている。私は思わず、心の中で成仏してねと手を合わせた。 その時、運転手が私に言った。
「ありゃ、車に轢かれちまったんだな。あ、お客さん、言っときますが、あの猫に同情なんてしたら絶対にいけませんよ。そんなことしたら、お客さんについてきてしまう」
「ついてくる?何が?」
「あの猫が」
「え…」
そんなこといまさら言われたって、こっちはもう同情しちゃってる…。 こんなことがあった翌日だ。気分がよかろうはずがない。300万をとられたうえに、猫に憑かれた日には…。 ああ…これからどうしよう。冷めた珈琲が苦い。
「お邪魔しますね」
ふいに声がして、私が顔を上げると、白のワンピースを着こんだ初老の女性が根の前に立っている。どこかの席に座っていたのだろうか。
「なんですか、いきなり」
「ごめんなさい、突然。でも、あなたお困りのご様子だったから」
「あなたは?」
「私は白夜小夜と申します。あなたのお名前は君島聡子さんでしょ?」
「なんで、私の名前を…」
「私は人より感が鋭いのよ。座ってもいい?」
その白夜という名の女性は私の向かいに座ると、次々と私のことを言い当てた。
「あなた、恋愛がうまくいかなくて困ってたでしょ」
「はあ…」
「で、悪徳呪い代行業者に頼って、復縁の呪術を頼んだ」
「ええ…」
「でも、その呪い代行業者は詐欺師で、あなたは300万をまんまと騙し取られた」
「どうしてそんなに私のことがわかるんですか?」
「私にはすべて見えるのよ。あなたが探している悪徳呪い代行業者の居所もね」
「その呪い代行業者がいるところも?」
「ええ。だからあなたの300万を取り返してあげようと思って」
「本当ですか?」
「本当よ」
「でも、私にはお願いするお金がなくて…」
お金がないというのは本当だが、これだけ当てられても目の前にいる女性が詐欺師ではないという保証はないのだ。だが、白夜さんは、
「あら、費用はいらないのよ」
「ええ?それだったら、あなたには何のメリットも…どうして?」
「私はね、ただあなたを助けたいだけよ」
「本当に?」
「だから本当ですって」
歳を重ねているの白夜さんが少女のようにいたずらっぽく笑った。 でも、私を助ける理由が全然わからない…。
「じゃあ、二週間後の同じ時間、ここで待ってて」
そう言うと白夜さんは去って行った。会計もしない。レジ係が呼び止めることもしない。何も飲んでいなかったのか。だったら、私に会うためだけに?
それから二週間後、私は同じ喫茶店にいた。まだ半信半疑だが、とりあえず珈琲を飲んでいる。が、白夜さんは現れない。また騙されたか…。 諦めてそろそろ帰ろうとしたそのとき、一人の男が私のテーブルの前に立った。
「君島さん、ですよね」
そう言われて私は顔を上げた。頬はこけ、かなりやつれた顔をしている。 誰だかさっぱりわからない。 男はテーブルに紙の封筒を置いた。
「300万。確かに返しましたよ。これでいいですよね」
男はそれだけ言うと、逃げるように去っていった。 袋の中には100万円の束が三つ。 確かに300万だ。戻ってきた。白夜さんが言ったように300万が本当に戻ってきた。 ということは、あれはもしかして私をだました悪徳呪い代行サイトの運営者だったのか?
「失礼します」 そこへ、いきなり別の男性が現れた。若い。初めて会うのだが、どこかで見覚えのあるような…。
「こちら、よろしいですか?」
「あ…はい。どうぞ」
新手のナンパか。それにしては、私よりずっと若い。熟キャバのスカウトか客狙いのホストか。
「あの…。どこかでお会いしていますか?」
「いえ、初めてでしょうね」
「じゃあ…?」
「ちょっとだけ、お伝えしたいことがありまして」
「何でしょうか?あなたはどなた?」
その男性は、それには答えず、一枚の写真をテーブルに置き、こう言った。
「ここに写っている人、ご存知ですよね」
写真にはあの白夜さんが写っていた。
「あ…白夜さん」
「はい。私の母です」
「あなたのお母様でしたか」
「ええ。もう亡くなっていましけどね。十二年前に」
「え!?」
「私は白夜小夜の長男の亘です」
それから彼は実に不思議な話を私に聞かせてくれた。 その話とはこうだ。 白夜亘が飼っていた白い猫がいた。家で飼っているというよりは野良猫が住み着いて、家の中を出たり入ったりしている自由気ままな飼い猫だった。 母の白夜小夜が亡くなる寸前に住み着いた猫で、当時は子猫だった。母が亡くなった後もときどきやってくる猫に亘は餌を与えていた。亘にしてみれば母親の分身でもあった。
「本当に分身なんですよ。私も親の血を継いでいるので、それがわかるんです」
亘の話は続いた。 数週間前、その猫が死んだ。車に撥ねられて。その時に、深い祈りを捧げてくれたのが私だったと猫が母の霊を借りて教えてくれた。 そのお礼がしたくて私のところに来たということだった。
しかも、なんという偶然か、ひき殺したのが例の悪徳呪い代行サイト運営者だったこと。 霊だから、悪徳呪い代行サイト運営者の居所を見つけるのはたやすいことだった。そこですぐさま呪い殺すこともできた。 だが、私から300万をだまし取ったことがわかると、それを断念した。 騙した相手に300万を返し、猫の墓を建て丁重に祀ることを条件に命を奪わないことを約束したということだった。 これらはすべて母の霊を通して猫から聞いた話だ。
「そんなことが…」
「ええ。返す場所と時間も指定してね」
「そうだったんですか…」
「猫の霊があなたになつくように憑いていたんですね。その霊があなたの窮状を知り、助けたんだと思います」
「お母様の姿になって」
「そういうことです。猫が突然現れてもあなたがびっくりするでしょうから、母の姿になってあなたの所に来たというわけです。霊ですから、あなたが見た白夜はあなたにしか見えない。あなたの周りの人も見えていないのです」
「…もしかして、あなたも霊?」
「いや、まさか。私はまだこの世の者です。」
「そうなんですね」
「猫はもうあなたには憑いていませんから、ご安心ください。墓を建ててもらって、いまは安らかに眠っています」
「よかった…」
「それで。実は私も呪術師なのです。日本呪術研究呪鬼会という団体に所属しています。300万は戻っても、あなたの望みは叶えられていませんよね」
「…復縁のことですか…」
「そうです」
「可能なんですか?」
「できますよ。まず相手の夫婦関係を壊し互いに反目する状態にしたあと、感情の土壌を整理してから、彼の目をこちらに向けさせることくらいなら。私で良ければ、お手伝いしますよ。どうされますか?」
「…もう。いいです」
「いいのですか」
「相手はもう結婚してますし、その家庭を壊し不幸にしてまで復縁しようとは思いませんので」
「そうですか…。なるほど。それがいいかもしれませんね。では」
彼は席を立った。その後ろに小夜さんも立っていた。
「あの…後ろに」
「ああ。母ですね。私のところにいつもいるんですよ。私が呪術をするというより、母が私に代わって呪術してくれるんで」
「そうだったんですか」
「あ、そうだ。新しいお相手、見つかると思いますよ」
「本当に?どこで?どんな人と?」
「さあ。それを言ってしまうと楽しみがなくなるのでは?」
彼はそういうと喫茶店を出ていった。
それから一年後。恋愛はさておき、私の仕事はすこぶる順調だ。中途入社した渋さが素敵な部長が私の実力を認め、引き立ててくれるからだ。 今でのあのことは白昼夢だったのではないかと思うときもある。悪徳呪い代行サイトもなくなり、すべての真実は藪の中だ。 唯一ある証拠といえば手元に戻った300万円と「日本呪術研究呪鬼会」のホームページの存在だ。 300万円騙し取られた私だ。呪い代行なんて…そう思いながら、別れ際に呪鬼会の呪術師の亘さんに言われた「新しいお相手、見つかると思いますよ」という言葉が気になって、「日本呪術研究呪鬼会」のホームページを毎日見ている私がいる。
※この作品はフィクションです。実在の人物・団体・事件とは一切関係がありません。