祝福された結婚
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先日、会社の先輩が結婚式に参列したそうです。これは、その先輩に聞いた話です。結婚式ではとても綺麗な花嫁さんと、花婿さん。そして、傍にはまだ幼稚園もいっていないような小さな女の子がいたそうです。花嫁さんは、先輩の大学時代の友人だったようです。結婚式は、女性のあこがれともいうべき人生のワンシーンであり、幸せの絶頂のはずです。ただ、それが必ずしも全員に、そして簡単に手に入るものではないということを、私は先輩の話を聞いて痛感したのです。
というのも、小さな女の子は先輩の子どもではありません。つまり、まだ三十前なのに新郎は再婚なのです。先輩と新婦は大学を卒業しても年に2回ほどはご飯を食べに行く関係だったようです。それなのに、結婚の連絡はあまりにも突然だったので、とても驚いたそうです。さらに、その相手がなんと先輩も知っている友人だったのです。つまり、新郎と前妻、そして新婦と先輩の四人はみな大学生の時に同じゼミにいたのです。
「人間関係なんて分からないものだよね。だって、私の友達の新婦と前妻は親友だったんだよ」 そう話す先輩の顔色が悪かったことが、私の心を引きつけます。私ももうニ十代の半ばに入っていますが、人に誇れるほど誰かを好きになったことも、人間関係が壊れるほどの恋愛を成就させたこともありません。
「私は、友達と同じ人を好きになったことを知ったら、きっと誰にも言わずに諦めちゃうかも」 私が先輩にそう言うと、彼女も大きく頷きました。
「でもね、私の友達が悪いわけではないの。そもそも、奥さんは自殺だったのよ。小さい娘をおいて死なれて、旦那は途方に暮れてしまったらしいの。そこを支えたのが、二人の始まりだって式場の司会者が案内していてね。普通、再婚だと結婚式は控えるカップルが多いと思うんだけど、会場は涙をすする声も聞こえたくらい」 先輩は興奮した様子で、話し続けます。そして、思わぬ言葉を吐いたのです。
「でも、実はすべて友達の思惑通りに動いたんだって。ニ次会の時には結構くだけた雰囲気でね。私、彼女に悩みができたら相談してねっていったの。そうしたら、酔った彼女はいったのよ。私の最大の悩みは、あの女が消えたことでなくなったって。全部、「呪鬼会」のおかげって」
とてもではありませんが、幸せな新婦が前妻に向ける言葉とは思えません。でも、私は先輩のその後の話を聞いて、女という生物の強さ、そして怖さを感じられずにはいませんでした。
先輩の友人であるAと前妻のB、そして新郎のCはゼミの中でも特に仲が良かったといいます。それは、AとBが小学校からの親友だったこと、AとCが恋人同士だったことが一番の理由です。三人で遠出をすることこそなかったようですが、暇さえあれば、三人でカラオケやランチ、ショッピングに出かける大学生活だったそうです。そもそも、AとCが付き合い始めたきっかけは、CがAに一目ぼれしたことでした。 その頃Aには高校時代から付き合っていた彼氏がいました。学校の後輩から美男美女カップルだと人気もあったそうですが、それは先輩から見せてもらった結婚式でのAの顔を見れば納得です。はっきりした目鼻立ち、ふっくらした頬は年齢よりも幼く見え、浮かべた笑顔が男性の目にどう映るかなんて、女側からしても一目瞭然です。ただ、若かったからでしょう。そして子どもだけではありませんが、違う学校に通うという目に見える距離が生まれたことによって、二人は夏ごろには別れてしまいました。Aへの感情を隠していたCも、それを機に猛烈にアタックすることを厭わなかったそうです。少しでもぼおっとしていたら、Aが誰かの手に渡ってしまうことに焦ったのでしょう。初めは、失恋したばかりということで恋に臆病になっていたAも、純粋なCの気持ちを受け入れ、ゼミの仲間たちの間ではすぐに噂になったといいます。密かにCの相談を受けていたというBは、Aに対して随分アドバイスをしたそうです。自分の恋愛経験が決して豊富なわけではないのに、Aに対して男が皆同じではないと説明していたようです。きっと、その頃から自分の感情を押し殺していたのでしょう。もしかしたら、それは恋愛に限った話ではなく、いつもAと比べられることに我慢できなかったのかもしれません。それでも、Bは三人で遊ぶことを心から楽しんでいたように見えたそうです。 事態が変化してきたのは、大学三年生の夏ごろだったといいます。
それまでは、いつも三人で学校の近くで遊んでいたものの、段々とAとCは二人だけで旅行などの遠出をするようになったのです。付き合っている二人であれば当然でしょう。だが、それまでずっと一緒だっただけに感じる疎外感。そしてなにより、Aは泊まりで遊ぶ場合は両親にBと一緒にいると嘘をついていたようなのです。つまり、アリバイ工作です。それもBの感情をマイナスにする要素になったに違いありません。そして、遂に終局を迎えたのです。その日、Aは授業を終えた後にBに話があるからと食堂へ呼び出されました。Cと映画を見に行く約束をしていたので若干迷ったものの、Bの真剣な顔に彼女を優先してしまったのです。それが、間違いでした。
「今日の放課後、Aに告白したいって人がいるの。もちろん、Cの存在は知っているから玉砕覚悟。でも、気持ちだけは伝えたいって。私の友達だから、許してあげて欲しいの。え、遊びに行く約束をしている?大丈夫。Aにその気はないんだから、すぐに終わるよ。その男とそのまま遊びにいくような軽い女じゃないよ、Aは」 そう、BはCに言ったそうです。そして、Aにはまた別のことをいいます。
「本当にごめん、聞いてほしいんだけど。私、Cが女と歩いているところを見ちゃったの。ううん、勘違いかもしれない。でも、先週の水曜日だよ。映画館に入って行ったみたい。え、今日映画を見に行く約束をしていたの?分からない、もしかしてだよ。同じ映画を見ておけば、後から話しても辻褄が合うとおもったのかな。ごめんね、私がCのことを初めに勧めたりしたから」 論点がずれています。
Aはきちんと、自分の目で確かめてCと付き合ったにすぎません。それでも、Bが泣きそうな顔でいい、今まで自分たちに協力してくれていた親友だと思えばこそ、逆に申し訳ない気持ちにかられるのは人の性でしょうか。種をまいてしまえば、あとは簡単なものです。AはCに遊びを断るメールを入れませんでした。そして、Cは連絡が来ないことで、別の男と遊びに行ってしまったと勘違いするのです。一度、疑念が浮かんでしまえば、それがたとえまやかしだったとしても、いくら話しあいの場を持とうとしても、それを信じることがどれほど難しいことか。結局、秋から始まった就職活動ですれ違うことも多く、AとCはいつの間にか別れてしまったのです。
それがBの策略だったとAが知ることになったのは、それから約十年も月日が流れてからでした。 大学生活中は、それでもAとBの関係は良好でした。Cとすれ違うことも、同じ授業を受けることもありましたが、以前のように三人で出かけたり、たわいもないことで大笑いをしたりすることがなくなったというだけです。卒業を機に、Aは今も勤めるIT会社の事務に、Bは旅行会社の営業として関西に配属されたことで、二人の中も疎遠になっていったのです。Cは商社に入って海外勤務になったとAの耳に風の噂が流れてきたのは、ニ十代も半ばを過ぎた頃でした。もう二度と会うことはない、そう思っていたそうです。 言いよってくる男は何人もいて、Aもご飯や遊びに行ったりしてみるものの、どこか気持ちが乗ることはなく、結局誰とも付き合わないまま三十に手が届こうとした時です。普段であれば決して通らない道で駅まで向かっていたA。ほんのちょっと、いつもより天気が良くて遠回りしたくなったのです。
そして、公園の前を通りがかった時、ベビーカーを引く女の横顔が目にとまります。驚いて声を飲みました。なんと、それはBの姿だったのです。確かに疎遠にはなっていましたが、大学時代の仲間たちはお互いの人生の転機を報告しあっていました。その中でも一番に仲の良かったBが、自分に何の報告をしていないのかと一瞬戸惑ったものの、それ以上考える間もなく、Aは声をかけていました。
「ねぇ!久しぶり。ちょっと結婚したの?」 まさか、Aに会うとは思っていなかったのでしょう。Bは目や鼻、口の穴という穴のすべてを開き、驚いたそうです。それでもなんとか平静を装った様子で、結婚したことと数ヶ月前に出産したことを言葉少なに教えてくれたといいます。初めは、連絡しなかったことが気まずい故の反応かと思ったそうですが、すぐにその原因が判明します。公園に入ってくる男に気づいて振り返ると、そこに立っていたのはCでした。
「え、C?どうしてこんな所に」
「A……。いつかこんなことになると思っていたよ。B、ごめん。先に帰っていてよ。俺がちゃんと話すから。少し、時間もらえる?」 あまりの展開に、逃げ出したい想いに駆られたAでしたが、久しぶりに見たCへの懐かしさもあり、会社に電話をして出勤時間を遅らせたそうです。ベンチに座る二人、その姿を何度も振り返りながら帰っていくBは、ベビーカーの中で泣き声を上げる子どもにも見向きをしなかったとか。それは、その後にCから話された内容で納得できたのです。
「俺、Aに浮気をされたことがショックで、その後しばらく学校行けなかったんだ。みんなには適当にごまかしていたけど」
「え?」 「ほら、もう忘れちゃったかな。映画を見る約束していた日に、お前来なかっただろう。俺、お前は絶対に告白なんてすぐ断って」
「ちょ、ちょっと待って。私、Cと付き合っている時に誰かに告白されたことなんてない」
「は?だって、その後にお前に連絡をしてもろくに返事してくれなくて」
「そんな……。だって、私はBにCが他の女の子と遊んでいるって言われて。あの日に映画に行かなかったのも、すでに見ちゃったものの辻褄合わせだって」
お互いに、何かがおかしいということを感じ、それまで堰を切ったように話していた口が止まります。思いつくことはひとつ。Bが、お互いに嘘をついたということです。しかし、Aにとってみればそれさえも過去の出来事のひとつでしかありません。考えてみれば、笑いさえこみ上げるほど滑稽ではありませんか。
「もう私、行くね。もしかしたら、何か意図されて私達は別れたのかもしれない。でも、あの時にちゃんと話しあえなかった。未熟だった私達の愛情の問題じゃない?」 プライドだったのでしょう。決して涙を見せず、Aは引きとめたそうなCを振り切って、その日は仕事を休んでしまいました。親友の裏切り、そしてそのことに長年気付かなかった自分の馬鹿さ加減に、時間が経つほど腹立たしく思えてきたのです。なにより気を使ってくれたのでしょうが、ゼミの仲間たちがこのことを知っていたのに、自分だけに教えてくれなかったこともショックだったのでしょう。 しばらく会社に行っても心ここにあらずだったAが、何日間かかけてネットで発見したのが「呪鬼会」の存在でした。人生を壊されたという募った怒りは、Aを迷わせることはありませんでした。どんな形でもいい、Bが自分と同じくらいに苦しめばいいと望んだのです。本当ならば、今、Cの隣で笑っているのは自分だった。そう思うと、次第に発狂しそうになるほど、過去に後悔がたちこめるのです。
「呪鬼会」への手続きを終え、眠れない夜を何度繰り返したことでしょう。やはりCは運命の相手ではなかったのかもしれないと、気持ちが萎みかけてきた時でした。 今までずっと表示されることのなかった携帯の番号が画面にあらわれました。Aは戸惑いながらも、電話に出ます。
「もしもし、どうしたの?」
「A!Bが、Bが……!」 悲鳴のようなCの声の後ろで、子どもの泣き声が聞こえます。電話で確認した住所は、Aの実家からさほど離れていないマンションでした。反対に、よく今まで会わなかったものです。自宅に入ると、雑然とした部屋の中に敷かれた布団で、Bがゆがんだ顔で死んでいるのです。
「最近、眠れないって薬を飲んでいたんだ。子どもも粉ミルクを嫌がらなかったし。でも、まさかこんな」 動転するCをよそに、Aはどこか冷静に救急車と警察を呼びました。死因は、薬の飲み合わせによる心筋梗塞だったそうです。子どもの泣き声が、母親の死が分かるかのごとくいつまでも続いていたといいます。
「それから一年かけて、傷ついたCの傍にいつづけたAが見事結婚までしちゃったっていうの。でも、似ていると思わない?結局Aだって、昔のBがやったみたいに相手の女を失った時に何食わぬ顔をして慰めていたんだから」
先輩はまるで興味がなさそうに話していましたが、私は彼女の目の奥が楽しむように笑っているのを見逃しませんでした。しばらく、結婚は考えないようにしようと思います。とはいえ、二人結婚後はとても仲良く幸せに暮らしているようです。ただ、先輩の手にあった写真の中でAが憎しみのこもったような目で、子どもを見ていることに気づいてしまったことだけが、私の中では心配です。
※この作品はフィクションです。実在の人物・団体・事件とは一切関係がありません。