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積年の恨み

呪い代行呪鬼会

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許さない。
許さない。許さない。
許さない。許さない。許さない。
私はあの女を絶対に許さない。溜まりに溜まった憎しみが、濁流のように溢れ出している。 とても抑制することは出来そうにない。いや、しようとも思わない。
「ひ、ひひひ……」 ふと口から掠れた笑い声が漏れる。その声はとても自分のものとは思えず、まるで別人のように感じられた。 PCモニターの光にぼうっと照らされて浮かぶ私の顔も、きっとおぞましいものになっているだろう。

視線の先には、『呪い代行日本呪術研究呪鬼会』と書かれたページが表示されている。 対象の名前や住所といった個人情報と、如何にその人物が憎いかを書き記す為の空欄がある。 私は既にその部分をびっしりと埋めるように書き綴っていた。その程度、箸で豆を掴むように容易いことだった。 そして、『送信する』にカーソルを合わせると、一切躊躇わずクリックした。 『承りました。貴方の恨み、晴らしてみせます』 画面が切り替わり、そう表示される。

これでもう後戻りは出来ない。けれど、構わない。失うものなんて何もないのだから。 一体、どんな目に遭うのだろうか。今から楽しみで仕方がない。 せいぜい苦しみ抜いて欲しいと思う。私の気分が晴れるくらいには。 それが完了された時、やっと私は前に進むことが出来る。 当然だ。これは当然の報いだ。 彼女は私の大切な人までも奪い去ったのだから。 あの瞬間、私の心は明確に決まっていた。

その日、私は彼氏の誕生日プレゼントを買う為に、電車に乗って繁華街の辺りへと出て来ていた。 色々な店を回ってみて、落ち着いた雰囲気のアクセサリーに決めた。高校生なので安物だけど、彼にきっと似合うだろうと思った。 本当は昔からの親友の美保と一緒に来て相談を聞いて欲しかったけど、今日は予定があるらしかったので仕方ない。 これまでそんな風に断られることなんてほとんどなかったので、少しびっくりした。 もしかすれば、美保にも誰か良い相手が出来たのかも知れない。それならいつかWデートを提案してみても良いだろう。 けれど、それにしては暗い顔をしていたような気もする。最近、重い雰囲気を発していることが増えたようにも思う。何か悩んでいるのだろうか。

そんな風に考え事をしていたからか、前から来ていた人と肩がぶつかってしまう。 「おっと、失礼」 それは見るからに軽薄そうな男だった。アロハシャツのような服装にサングラス。私の彼氏とは正反対のタイプだ。 イラっときたので舌打ちだけして、私は再び歩き出す。 ふと正面の空に視線を向けると、もう赤らんできていた。 「……?」 視界が一瞬だけ歪み、意識がクラッとするのを感じた。 貧血だろうか。あの日ではないけど、可能性はある。 休日とは言え、遅くまで一人でふらふらしていると、警察に声掛けされることもある。それはまだ良い方で、変な男達に絡まれることだってある。どちらも実際にあった。 何にせよ、そろそろ帰った方が良さそうだ。家でゆっくり休むとしよう。そう思って、駅の方向へと歩を向ける。

その時だった、道路の向こう側に見覚えのある顔を見つけたのは。 美保だ。普段よりも服装や髪型に気合が入っているように見える。 どうやら誰かと一緒に歩いているようだ。男性のようだが、角度的に顔までは見えない。 しかし、少ししてようやくその横顔が見えたことで、私は絶句した。 それは、私の彼氏だったから。 二人は手を繋いでいた。楽しそうに話をして笑い合っていた。 意味が分からない。けれど、一つだけ分かることがある。 美保は私を裏切った。だって、彼女は私が彼と付き合っているのを知っているのだから。知った上で私の彼氏を奪い取ったのだ。 絶対に許せない。信じてたのに。 私は激しい怒りに身を灼かれながらも、体調が悪いこともあってその場は離れることにした。

週明け、登校した私は教室に入ると、初めに美保の席を見た。 鞄がないので、どうやらまだ来ていない様子だ。彼女が私より遅いのは珍しい。 もしかして、と思う。昨夜、私は噂に聞いた『呪い代行日本呪術研究呪鬼会』に書き込んで、送信した。 美保が来ていないのは、その効果があったからなのかも知れない。 何らかの酷い目に遭っている、と考えた時、自然と私は笑みを浮かべていた。 いい気味だ。人の男を奪ったんだから。ちょっとした怪我程度じゃ生ぬるい。腕や足の骨折くらいしてしまえ。 そんなことを思いながら、自分の席についた。
「亜里沙、おはよぉ」
「ん、おはよー」
クラスメイトが話しかけて来たので、そのまま他愛もない話をして過ごす。 やがて、教室が賑わってきても美保が登校することはなかった。 始業のチャイムが鳴り、担任教師が入ってくる。沈痛な面持ちだった。 誰もが只事じゃない雰囲気を感じ取る。シーンと静かな空気が張り詰めた。 そして、担任教師は驚きの言葉を口にする。
「つい先程、樫木美保さんが交通事故で亡くなりました……」
途端に教室内はざわざわとし始める。誰もがポカンと空いた美保の席にちらりちらりと視線を送っていた。 可哀そうに。残念だ。ついてない。 きっと皆はそんなことを思っているだろう。 けれど、私だけは全然違った言葉が頭に浮かんでいた。

私の、せい……? 思いがけない展開に頭がクラクラしてくる。 そこまでは望んでいなかった。いや、もしかすれば思っていたかも知れない。けれど、それはあくまで一時の怒りに過ぎなくて。まさか死ぬなんて、そんな……。 ちょっと痛い目に遭えばいい、と思って私はあの『呪い代行サイト』を利用した。なのに、それは美保を殺した。確かに依頼する前に呪鬼会から覚悟を聞かれた、それがこんな取り返しのつかないことになってしまうなんて。

身体がガクガクと震え出す。寒気がしてきた。 美保の両親や警察は『呪い代行呪鬼会』のことを知らない。私が話さない限り、知ることはないだろう。本当は知るべきこと。 だけど、言えない。言えるはずがない。 それは私が美保を殺したと自白するようなものだから。どうしてそんなことを、と激しく責められたら私はきっと耐えられない。それくらい軽い気持ちでやってしまったのだから。今になってしまえば、彼氏を取られたことなど大した問題ではなかった。 私は激しい後悔に苛まれながら、その日を過ごした。

美保の通夜を終えて帰宅した私は、自分の部屋に入るとそのままベッドに倒れ込んだ。 疲れた。心も身体も疲れ切っている。このまま寝てしまいたいくらいだ。 やはり美保の両親に本当のことを言うことは出来なかった。そんな勇気は私にはない。 スマホを取り出すと、この前と同じように呪い代行呪鬼会のサイトを開いた。利用した時と同じ画面が私を迎える。 一度は目を通した注意書きを読み直し、少しだけ安堵する。例え何が起きようとも、依頼者の情報が流出することはない、とのことだ。全ての責任は運営が持ってくれるらしい。 なら、私もこのまま口を噤んでいれば、美保の死はただの交通事故ということで終わる。まさか呪いのせい、なんて考える者は少ないだろう。

私はスマホを置くと、仰向けになって目を閉じた。自ずと瞼の裏に浮かび上がってくるのは、美保の顔。 確かに、美保が私の彼氏を奪ったのは絶対に許されないこと。死んでしまえ、と思わなかったとは言わない。そんな思いの切れ端が私をあんな行いに駆り立てたのだから。 けれど、本人に何も確認しないまま、もう会えなくなってしまった。もしかすれば、美保にも何か言い分があったかも知れない。 そう思うと、何てことをしてしまったのか、という後悔が棘のようになって心を痛めつけてくる。

私と美保は幼馴染だ。昔から良く一緒に遊んでいた。 美保はあまり自己主張の得意なタイプではなかったので、私が引っ張っていくことが多かったと思う。二人で色々な場所に行ったし、色々なことをした。 大切な友達だった。彼女もそう思ってくれていたと信じている。 だからこそ、辛い。私はあまりにも恐ろしいことをしてしまった。 突如として背負うことになった罪の十字架。それに対して、私はどう向き合っていけば良いのだろう。分からない。何も分からない。ただただ、苦しい。 「……美保」 私は天井を見上げながら、ふと呟いた。

その瞬間、ガシッと私の手を何かが掴んだ。 冷たい。とにかく冷たい、手だった。 「えっ……?」 ベッドの下から這い出してきた様子のそれは、ピチャピチャと赤褐色の液体を滴らせている。むわっと鉄味を帯びた臭気が舞い込んできた。 露わとなったその姿は、とても信じられるものではなかった。 「あり……さ……迎えに、きた、よ……」 幻かと思った。だって、死んだのだから。 けれど、それは紛れもなく美保だった。 交通事故に遭った直後のように思える、全身傷だらけで血まみれの酷い見た目をしていた。 「ひっ、いやっ!やめて、離してッ!」 私は咄嗟に腕を振り払おうとする。 しかし、恐るべき力で掴まれており、引き離すことは出来ない。 迫ってくる。ベッドに上半身が乗って、白いシーツが赤黒く染まっていく。 幽霊か何かだとして、彼女は何をしに来たのだろう。 そんなことは決まっている。きっと知っているのだ、私がしたことを。
「わ、私を殺しに来たの……!?ごめん、そんなつもりじゃなかったの……信じて……許して、お願いだからっ!」
私が必死に懇願すると、美保はニィィと口を三日月形に歪めて、言う。
「だ、め」

私が教室に入ると、クラスメイトが寄ってきた。
「おはよぉ、美保」
「ええ、おはよう」
「そういや、聞いた?亜里沙のこと」
「ああ、精神病院に入院することになったんでしょ?急におかしなことを言い始めて幻覚が見えてるとか」
「そそ。びっくりだよねぇ。これまでそんな風にも見えなかったし」
「そうね。きっと色々と溜め込んでいるものがあったのよ」

話しながら私は内心でほくそ笑む。 あの横暴で、わがままで、自己中心的で、人の気持ちも考えられない、私が好きだった人まで奪った、何もかもが醜い女がようやく目の前から消えてくれた。 昔からずっと嫌いだった。私の意思なんて無視して、自分のことばかりで、好き放題して、その尻拭いはいつだって私に回ってきて。 何度も私が欲しいものを奪い取っては自慢してきた。あの人のことだってそうだ。私が好きな人を彼氏だと言い出した時は、目の前が真っ暗になった。 もう限界だった。ただ距離を空けるだけじゃ我慢できない。たっぷりと苦しみ抜いた上で、二度と私の前に現れないで欲しい。そう思った。 藁にも縋る気持ちで『呪い代行呪鬼会』を利用して良かった。 心の底からそう思う。 今なら上っ面だけじゃなく、素直に笑うことが出来そうだ。 以前は憎悪でどす黒く濁っていたこの胸中も、今は清々しい気分で満ち溢れていた。

※この作品はフィクションです。実在の人物・団体・事件とは一切関係がありません。

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