人を呪わば
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中学生の頃、僕はいじめられてました。いじめていたのは男子のグループです。なんで僕がいじめられていたか…分かりませんね。今でも、具体的な理由は本当に分かりません。 まぁ、いじめなんてものはそういうものですから。 「なんとなくあいつ気に入らない」というだけで、子供は他人を攻撃するんですよ。 人より背が低い。 人より話し方が変。 個性的な趣味がある。 人より顔立ちが優れている…もしくは醜い。 成績が良かったり運動神経が抜群でも、いじめられる子はいます。 理不尽なもんですよ。徒党組んで一人をいじめるなんてね…
おかげで僕の中学生時代は良い思い出なんてありません。友達を作るのも怖くなってしまいました。 友達を作るのが怖いというのは、いじめられていたからでもありますけど、僕をいじめていたのが、幼稚園からずっと仲良くしていた友達だったんですよ。 タカユキとは幼稚園の頃からの付き合いでした。覚えているのは幼稚園からだけど、母親の話では2歳くらいから遊んでいたようです。近所の公園で母親同士が仲良くなってという感じ。僕たちは兄弟のようにいつも一緒でした。園庭で遊ぶ時も、家で遊ぶ時も、公園でも…。
小学校に行ってもそれは変わりません。お互い興味のあるものに違いはありましたが、不思議なことにそれでも一緒にいて一番心地良い友達だったんです。動物図鑑ばかり読んでいる僕とアメコミヒーローのオモチャに夢中になっているタカユキが同じ空間にいても、喧嘩することなんてありませんでした。正真正銘の幼馴染。このまま大人になっても、僕たちの友情は変わらないと…そう思っていました。
変化が訪れたのは、中学校に進学してからでした。市立中学に入った僕とタカユキは、偶然同じクラスになりました。この頃になると、僕たちにもそれぞれの友達がいたので、いつでも一緒というわけではありません。特にタカユキは、明るく見た目もかっこ良かったので女子から人気が出ました。そういう男子は、同性からも好かれるものです。タカユキはクラスの中でも少しやんちゃな男子とつるむようになり、同じクラスにいても僕と話すことは無くなりました。
秋頃になると、そのグループのリーダーは僕をからかい始めました。僕が教室に入るとクスクス笑い、授業中は後ろの席から消しゴムや丸めたティッシュを頭に投げて来ました。 “こんなことして、何が楽しいんだ…” 怒りと呆れと悔しさで、毎日胸がいっぱいになりました。 それだけなら良かったんです。でもいじめはリーダーだけでなく、クラス中に蔓延しました。 みんなが僕を、避けるようになったんです。怯えたような目で、僕との接触を避けました。 僕が何かクラスメイトにしたわけじゃない。彼等は僕を心の底から嫌っているんじゃない…ただ、あのやんちゃグループのリーダーが怖いのでしょう。 みんな心の中で「逆らったら今度は自分が標的にされる」と怯えていたから、僕を無視していたんです。 それまで仲良くしていた友達は離れていき、僕はクラスで孤立しました。
辛い日々を送っていた僕でしたが、小さな希望だけは持っていました。 タカユキの存在です。 彼は僕の心の友だ。絶対に裏切らない生涯の友だ! しかし、そんな期待は呆気なく崩れ去りました。 ある日僕は、母から映画のチケットをもらいました。ハリウッドの超大作映画です。 「タカユキくん、アメコミヒーロー好きだったわよね。一緒に観てきなさいよ」と母がくれたのです。 昼休み、僕は友達と談笑しているタカユキに声をかけました。 「あのさ、タカユキ…」 僕が声をかけると、少し驚いた顔をしていました。一緒にいたやんちゃな生徒たちは僕を鬱陶しげに見つめたり、ニヤニヤしてたりしました。 「今度の日曜に、映画観に行かない?母さんがチケットくれたんだ。ほら、子供の頃からタカユキが好きなアメコミの実写化だよ」 昔のタカユキなら、いいな!一緒に行こう!と笑顔で言ってくれました。
でも、返ってきた言葉は…… 「は?行くわけねーじゃん。お前うぜーんだよ」 幼馴染みとは思えない、辛辣なものでした。 思わず泣き出した僕に追い討ちをかけるように舌打ちし、「うっわ…気持ち悪っ」と呟いて、タカユキは僕を突き放しました。 大好きな幼馴染。ずっと大人になっても仲良くしていけると思ってた大親友…そんなタカユキは、僕をいじめる側に回ったのです。 それから僕へのいじめはエスカレートしていきました。 宿題や係りの仕事を押し付けられるなんて序の口です。 彼等は、何かと理由をつけて僕を殴りました。オモチャを手に入れた子供のように、見えない場所を殴り、蹴り…時には道具を使って暴行を加えました。 定期的に行われる恐喝で、僕の小遣いは無くなり…親の財布から盗んで来いと命じられて数万円差し出したこともあります。そうしないと殴られたり、服を脱がされて写真を撮られるからです。 万引きを強要され、近所のスーパーで菓子を万引きさせられたこともあります。 幸い捕まることはありませんでしたが、自分が犯罪者になったことに変わりはありません。 誰にも相談できない、出口の無い真っ暗な迷路を歩いているような日々でした。
ですが、たった一度だけ僕のいじめ問題に大人が介入したことがあります。 中学2年の時でした。担任のワタベ先生に、誰かが「マサシくんがいじめられています」と告げ口をしたんです。 僕は放課後、ワタベ先生に呼び出されて二人きりで話をしました。 僕は今まで受けてきたいじめの内容を話しました。先生、助けてください!と…。 しかし黙って話を聞いていたワタベ先生は、僕の話を聞き終えると衝撃的な言葉を吐いたのです。 「マサシくん。それは君にも原因があるんじゃないのか?」 何を言っているのか、分かりませんでした。先生は難しそうな顔をして、さらに続けます。 「協調性が欠けてるとか、空気が読めないとか。そういうところが君にもあるんじゃないのかな?仲良くできるように、君自身でも努力しないと駄目だよ」 その後もワタベ先生は何か言っていましたが、僕の耳には入ってきませんでした。 僕はね、先生が僕のいじめについて知ったと分かった時、少し光明が見えたと思ったんです。“大人が介入すれば、きっと僕は助かる”と。 でも現実は非情でした。何故僕が悪いとなるのか…理解できませんでした。 もう駄目だ、先生も頼りにならない… 僕の頭は、あることでいっぱいになりました。 “もう、死ぬしかない” 自殺を決意しました。
でも、一人で逝くなんてことはしません。僕を苦しめた奴に一矢報いてやる。 呪ってやる…学校から出ていけ…! その日の夜、僕はパソコンで呪いに関することを調べました。様々な情報の中で気になるものを見つけて目を丸くしました。 “呪い代行 呪鬼会” 呪いとは本来、自分が行うものですが、それを代行してくれるというサービスです。こんなものまであるのかと驚きましたが、素人の僕がやるよりも効果があるかもしれないとも思いました。 この呪鬼会なら、僕の願いを叶えてくれるかもしれない…。 安くはない料金を、お年玉をはたいて払いました。 そして、こう依頼したんです。 “タカユキを、学校から追い出して欲しい…不幸にして欲しい…” 僕の恨みは、タカユキに集中していました。大親友だったのに僕を裏切り、僕をいじめて楽しんでいた…それが許せなかったんです。だから、友達の不幸を願いました。
しかし、依頼をして数日間は何の効果も現れず、相変わらず僕は学校でいじめられていました。 なんだ…結局あんなもの、インチキだったのか。絶望的な気持ちになって、本気で首吊りか飛び降りを考え始めた時、タカユキに変化が訪れたのです。 タカユキは、何かと後ろを振り向くようになったのです。
ある日の下校の時、僕はいじめっこ全員の荷物を持たされていました。暴行を受けたばかりの体で何人分もの鞄を一人で持つのは、とても苦しかった…。歩くたびに体が軋み、痛みで膝が折れそうになるため、数メートル先で笑いながら歩いている連中を追いかけるだけでも難しいことでした。 痛い、苦しい…と思っていましたが、タカユキがちらっと僕の方を振り返り、思わず歩みを止めました。 早く歩けと怒号を浴びせられるかと思いましたが、タカユキは黙って周りを見ています。 その目は、僕を見ていませんでした。僕ではない別のものを探しているような…。 いつも僕を殴っている邪悪さは消え失せ、何かに怯えているような表情をしていました。 それは次の日もありました。その次の日も…その次の日も…。 授業中でもタカユキは後ろを振り返ったり、周りを気にしていました。
タカユキの変化を気にするようになったのは、僕だけではありませんでした。やがてクラス中でも、タカユキの挙動不審さが話題に上がるようになったのです。 一体どうしたのか…僕は偶然、トイレの個室に入っていた時にクラスメイトの話を盗み聞きしたことがあります。
「なあ、タカユキ変じゃね?どうしたんだよ、あいつ」
「変だよな。俺気になって直接聞いたことあるよ」
「へぇ。なんて言ってたの?」
「いや、それが…“ずっと誰かに見られてる気がする”とか“後ろをついてくる”とか…」
男子生徒の話を聞いて、僕は息を飲みました。 あのタカユキが、得体の知れないものに怯えている…! 生徒たちはさらに続けました。
「なんだよ、それ。タカユキのこと好きな女子がストーカーしてんじゃねえの?」 「そんなんじゃないよ。家の中でもそうだって言ってたし。どこに行ってもついて来るんだってさ。ひたっ…ひたっ…と」
「気味悪いな、そりゃ。あいつ呪われてんじゃねえの?」 生徒たちはゲラゲラ笑いながらトイレから出ていきました。 “あいつ呪われてんじゃねえの?” その言葉に、僕は笑いを抑えるのに必死でした。 あぁ…良かった。ちゃんと呪い代行の効果は出ているんじゃないか。 いいぞ、このまま怯えてろ…! 幼馴染へのどす黒い感情が胸の中に肥大化し、僕の依頼した呪い代行がどこまでタカユキを蝕むのか楽しみになっていました。
タカユキの精神が限界を迎えるのに、一ヶ月もかかりませんでした。 彼は僕をいじめるのも忘れ、自分を脅かす不気味な存在に気を取られ、ついに情緒不安定になり学校に来なくなったのです。 不登校になるまでのたった数日間で、やんちゃグループからの僕へのいじめは鎮静化されました。 理由は分かりませんが、恐らく精神的に不安定になってしまったタカユキに彼等の意識が向いていたからでしょう。 いじめが無くなり、僕にはささやかだけど平穏な日々が戻りました。 タカユキの様子を見に行ってやろうと思ったこともありますが、親同士が仲良しのため、嫌でもどんな状態か知ることが出来ます。 タカユキは一日中部屋にこもり、布団を被って過ごしているのだとか…。 視線が怖い…誰かがついて来る…。うわ言のように繰り返し、家族ともまともに会話が出来ないと聞きました。 それを聞いた僕はとても清々しい気分で、自殺のことなどすっかり忘れていました。 呪い代行に頼んだおかげで、僕は前に進めた。最高の気分だ。 そう思っていました。
タカユキが学校に来なくなってから数週間後。僕は帰路についていました。 夕方だというのに薄暗く、妙に寒気を感じる帰り道でした。 家へと続く住宅街を一人で歩いている時…子供の頃のことを思い出しました。 この住宅街の中で、タカユキと自転車で走り回ったなぁ…と。 小さな自転車のかごに、ゴムボールを入れて、一生懸命ペダルを漕いで…車も通る場所だから、よく近所のおばちゃんに叱られてたっけ…。 人気の無い住宅街の風景は、幼い頃の記憶と変わらない。 なのに、僕とタカユキは変わってしまった。 思春期の心がそうしたのか、悪い交遊関係がそうしたのか…。
でも僕に後悔はありませんでした。友情が壊れた切なさより、タカユキへの恨みが勝っていたのです。 その時でした。道の真ん中に佇んでいたら、首筋に違和感を覚えたんです。 ぞわっ…… それは、視線でした。 誰かの視線を感じた時に、首筋辺りが痒くなるような感覚に、僕の体は震えました。 誰が僕を見つめているんだろう…それが知りたくて、振り返ると…。 そこには誰も、いませんでした。ただただ、薄暗い住宅街が広がっているだけ。 僕以外、ここにはいなかったのです。 それが分かった瞬間、感じたものへの気持ち悪さに全身が粟立ちました。 “気味悪いな…早く帰ろう…” 心の中で呟き、歩調を速めて歩き出しました。 静かな住宅街に、僕の足音が小さく響きます。
しかし僕の耳には、もう一つ別の音も聞こえてきました。 ひたっ…ひたっ…ひたっ… 僕の背後を、誰かが追いかけて来る足音…裸足でゆっくり地面を踏んでいるような音でした。 一定の間隔を保ちながら、不気味なそれはずっと僕の後ろに張り付いています。 誰だ…誰がいるんだ…! 僕は怖くて振り返ることが出来ず、歩調を速め、やがて駆け出しました。 ひたっ…ひたっ…ひたっ… それでもついて来ます。視線を浴びせ、ねっとりとした足音を僕に聞かせながら、“それ”はずっと僕を追いかけて来るのです。 自宅が見えて来ると、逃げるように家の中に飛び込んで自室へと潜り込みました。 全力疾走したせいで心臓がドキドキし、喉が痛む…ベッドに寝転がりながら、僕は思いました。 これはまさか…タカユキが感じていたものなのか…? “ずっと誰かに見られてる”、“後ろからついて来る”…。 タカユキが怯えていたものと一致します。 僕が呪ってタカユキの心を壊したものが、今は僕のすぐそばにいる。その事実に恐怖しました。
人を呪わば穴二つ…そんな言葉を思い出したんです。 これはタカユキを呪った代償なのか。それとも…今度はタカユキが僕を呪ったのか。本当のところは分かりません。 でも僕は、中学を卒業した今でも得体の知れない視線と背後の気配に怯えて暮らしています。 タカユキのように心を壊すのも、時間の問題でしょうね……
※この作品はフィクションです。実在の人物・団体・事件とは一切関係がありません。